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「なんだかどっと疲れたな…」
「ははは、お疲れ」


笑い事じゃないだろう、とダークブルーの瞳に睨まれ、俺は軽く肩を竦めた。
場所は変わってここは食堂。
パニールの許可を得てオレはキッチンに向かっていた。
一緒についてきたキールはテーブルの上で沢山の本や資料とにらめっこ。羽ペン片手に眉間にシワを寄せていた。


「論文どぉ?題材見つかったか?」
「…まだだ。どうもピンと来るものがない……ってこら、クロート!それはオモチャじゃないぞ!」


その声にちらりと肩越しに振り返ると、テーブルに乗ったクロートがキールの羽ペンにちょっかいを出していた。


「レイン!お前のペットだろう?ちゃんと躾はしてくれ!」
「クロートは賢いからなー。躾なんていらねーの」
「今僕にちょっかい出してるじゃないか!」
「まぁそれは置いとけ」
「置いとくな!」


シャカシャカとボウルに入った生クリームを泡立てながら、俺は笑う。魔術が使えると、良い感じにボウルを冷やしながら作業が出来るから大変便利だ。かかる時間が段違いである。
分量をはかった小麦粉と卵を別のボウルに入れ、手際よく混ぜていく。


「まったく…ペットは飼い主に似るとはよく言ったものだ」
「にゃっ!」
「痛っ!」
「『一緒にするな』だとさ」


鋭い猫パンチをキールの顔に繰り出したクロートの言葉を代弁してニヤリと笑う。
まぁ代弁した言葉が俺にとって失礼なものではあるが、今は気にしない。
混ぜ終わったそれを型に流し込み、予め熱しておいたオーブンに入れてタイマーをセットする。

その間に冷蔵庫から色とりどりのフルーツを出し、代わりに混ぜた生クリームを入れて冷やしておく。
手慣れた様子でフルーツの皮を剥いていると、ふと視線を感じて食堂の入り口に目を向けた。


「…リッド、ルーク?」
「え?―――うわっ!」


クロートと取っ組み合っていたキールがその言葉に反応して動きを止める。その隙にクロートはキールの手からするりと抜け出し、キールの顔面を踏み台に大きくジャンプした。
それから山積みにされた本の一番上に着地して、フンと鼻を鳴らす。
その様子に笑みを溢し、俺は新たに入ってきた二人を見た。


「どうしたんだよ、二人とも」


俺が訊ねると、ルークが慌てたように首を振った。


「あ、いや!その、なんか食堂から話し声が聞こえたから…その、誰かいるのかな、って思って!」
「俺は美味そうな匂いがしたから来たんだ!」


うーん素直。相変わらず食い物に釣られるのな、リッド。
キールも赤くなった鼻を押さえながら眉を寄せた。
どうやら思ったことは一緒だったらしい。
リッドは小走りで此方に駆けてくると、キラキラした瞳を向けてきた。


「何作ってるんだ?」
「フルーツケーキだよ。さっきパニールが作ったやつをチャットに持ってったんだけど、そしたらオレも食いたくなってさー」


言いながらも手は止めない。
その手際のよさに感心したらしいルークが、リッドの隣に立って俺の手元を覗き込んだ。


「へー…上手いもんだな」
「ははっ、俺が器用なのがそんなに意外かいルーくん?」
「いやっ、そういうわけじゃ…って、そのルーくんってのやめろよ!」
「やーだ」


にっこり笑顔で即答したオレに、ルークはガックリと肩を落とした。


「…そういえば。ジェイドから聞いたよ、ルーくん。ルーくんたち、暫くこの船にいるんだってね」
「あぁ、昨日皆で話し合ったんだ。本国よりもここにいた方が安全だって…」
「はは、覚悟しとけよルーくん。この船は王族だろうが気にしない連中がうじゃうじゃいるからな」
「この船にいる以上、皆何かしら仕事をしなくてはならない。働かざる者食うべからず、だ。それこそ、身分も関係無しにな」


ぱらり、とキールが本のページを捲りながら言う。
ルークはオレたちの言葉を聞き、「わかってるよ」と頷いた。


「それに、俺としてはそっちの方がありがたいよ。あんまり王族だのなんだのって持て囃されるよりは、普通に接してもらった方が嬉しい」
「その点については安心しろ、誰も気にしない」
「持て囃されたとしても最初だけだ」
「なぁ、賭けるか?ルークが王族だのなんだのってネタにされるの、大体何日持つと思う?俺二週間」
「じゃー俺三週間」
「やめろバカ二人。…すまないな、ルーク。ただの戯れ言だから気にしないでくれ」
「い、いや…」
「はは、でも本当にそんなもんだと思うぜ。噂なんて七十五日も保ちやしない。この船、好奇心旺盛なのも多いけど、同時に飽き性な奴等も多いから」
「ま、つまりこのギルドは子供ばかりということだ」
「なぁに上手く纏めたような顔してんだよ、キール」


皮を剥き終わったフルーツを別の容器に移し、まだ焼き終わらないケーキのスポンジの様子を見る。
その間に食器棚からカップを3つ取り出し、コーヒーを淹れた。


「ほい」
「あ、いいのか?サンキュー!」
「悪いな」


湯気をたてるそれをリッドとルークに渡し、椅子に座らせる。
それから再び本を開いたキールの側にカップを置いた。


「溢すなよ」
「ああ」


こちらを見ずにカップを手に持ったキールに、まぁ大丈夫だろう、と考えて俺は使った器具の後片付けに取り掛かった。
そんな俺の後ろ姿を見ながら、ルークがポツリと呟く。


「…なんか、意外だな」
「何が?」
「いや…レインってさ、なんか見た感じどっちかっつーと戦闘員タイプだと思うんだよな。なんていうか…料理を自分からしたがるような人間には見えないなーって思って」