表で客呼びをしている遊女の色っぽい背に声を掛ける。
穏やかな春臣の声に、なあに?と振り返った遊女は忽ち目を丸くすると、ぽっと頬を赤く染め上げた。
「あら…軍人さん、何か御用かしら」
「ちょっと聞きたいことがあってね。…客の中に変な刺青入れてる奴とかいなかったかい?」
「変な刺青?」
「曲線と文字が描かれたような変な刺青」
笑顔を絶やさぬまま、指で空に曲線を描いて見せる。
相変わらず頬を染めたままの遊女はうーん、と首を傾げて暫く考え込んだが、謝罪をしながら首を横に振った。
「見たことないねぇ…」
「そうか。手間かけさせたね、ありがとう。…もし見掛けたら知らせてくれるかな?それ、悪い奴だから」
「ええ…知らせたら、お兄さんがその悪い奴から守ってくれるかい?」
「手が空いていたらね」
「フフ、素敵な軍人さんのお名前はぁ?」
「内緒」
しーっと口の前で人差し指を立てて笑ってやれば、遊女はひゃっと小さな悲鳴を上げ慌てて袖で顔を隠す。
それを機に春臣は「では、また」と軽い挨拶をし、足早に歩を進めて遊女から離れる。
自他ともに認める春臣の顔は女には効果てきめんで、情報を得るには何かと便利だ。…男にもまあ効くには効くのだが、色々面倒な事になるから好んではやらないし、やりたくないが本音だが、それが鶴見中尉の命令の場合は致し方ない。準備万端で挑むつもりではいる。
「意外と見付からんもんだな…」
かなり特徴的な刺青だから情報の一つくらいは得られると思っていたのだが。
軍帽を被り直し、溜息を吐く。
鶴見中尉は日露戦争以前より、アイヌが隠したとされる金塊を手に入れる計画を密かに立てていた。
その額なんと二万貫というのだから驚きだ。
どこまでが真実なのかは春臣にはわからないが…
鶴見中尉は戦争で死んでいった者たちやその遺族、冷遇を受け続けている部下たちに報いる為、金塊を軍資金に独自の軍事政権を北海道に樹立しようと企んでいる。
そして要である金塊の在処を示す手掛かりこそが春臣たち第七師団が探している刺青なのだ。
二万貫の金塊は元はアイヌが和人の迫害に対抗する為に貯め込んでいたものだが、その移送の際、仲間である他のアイヌたちを殺して金塊を奪い隠した人物がいた。
鶴見中尉はその人物をのっぺらぼうと呼んでいる。
のっぺらぼうは逃走中に支笏湖で捕らえられ、網走監獄に死刑囚として収監された。
その時に金塊の一部を所持していた事から、残りの金塊入手を目論む看守たちによって片脚の健を切られるなどの拷問を受けるが…のっぺらぼうが隠し場所を教えることはなかった。
身体の自由を奪われたのっぺらぼうは外の仲間に金塊の在処を伝える為、同房となった囚人たちの身体に暗号を記した刺青を彫り、「脱獄に成功した者には金塊の半分をやる」と脱獄を促したそうだ。
そして、囚人たちは看守の隙を突いて脱獄を成功させ───この北海道で今も散り散りになっている。
金塊を見つけるにはこの刺青の暗号を解かなければならない。
だが、これがまた惨いもので…なんと皮を剥ぐことを前提に人の身体に彫られているのだ。
まあ相手は凶悪な囚人であるし、元より痛む心など持ち合わせていないので見付け次第春臣は皮を剥ぐつもりではいるが。
そういうわけで、直々に鶴見中尉の命令を受けた春臣は単独で小樽の街で連日聞き込みをして回っているのだが、今のところ囚人や刺青の情報はない。
皮を剥ぐ───つまりは命が掛かっているのだから、そう簡単には人前で肌を見せることはないか、と春臣はまた溜息を吐いた。
⌘
暗くなって来たところで春臣が小樽の拠点へと戻ると、何やらバタバタと慌ただしかった。
「何かあったのか?」
「白野上等兵殿…!実は…」
首を傾げつつその辺の一等卒を捕まえて話を聞くと、その内容に顔面からサアと血の気が引いた。
「尾形上等兵殿が山で瀕死の状態で見付かり、今病院に…!」
予想外の話に頭の処理が追い付かず、一等卒の前だというのに思わず硬直してしまった。
尾形が瀕死の状態…?なぜ?
「腕や顎の骨が折れていて冷たい冬の川に…もう少し発見が遅ければ低体温症で手遅れになるところだったと…」
「…」
「っ白野上等兵殿…!」
ぐっと強く拳を握り、そして放す。すると強ばっていた身体から力が抜け硬直が解ける。
すぐさま春臣は身を翻し、これ以上一等卒の言葉に耳を傾けること無く、そのままの装いで拠点を飛び出す。
手遅れになるところだった、という事は命は助かったのだろう。
それについてまずは一安心だが…
その姿を一目でも見ない限りこの足は止まらないだろうと春臣は他人事のように考える。
それにしても尾形程の男がそんな状態になるまでやられるとは…
確かに白兵戦に持ち込まれては些か不安だが、尾形とて軍で一通り武術を修め、実際旅順に出征もしているのだ。一般人相手に負ける事など有り得ない。
ならば相手がかなりの手練だった事になる。
一体誰が。
「っ…尾形───…」
尾形が運び込まれたであろう病院は此処からそう遠くは無い。
春臣は速度を落とす事無く病院へと走り続けた。