「…?」

鶴見中尉を追って雪上を走っていると、前方を雪では無い───何か白くて大きなものが一瞬のうちに横切った。
深夜で周りには明かりもなく、それとはまだ少し距離もあった為、正体が何だったのかはわからないが…生き物だったとは思う。
白い、犬…?いや、犬にしてはでかいような。


「…鶴見中尉の馬、か」

そうして白いものが横切ったであろう場所まで辿り着くと、そこには鶴見中尉が乗っていた馬が息絶えて横たわっていた。
その尻の部分には不可解な傷がある。綺麗に抉りとったような不思議な傷だ。

「───銃声は聞こえなかった」
「……鶴見中尉殿、」

馬に向けていた視線を上げると拳銃を持った鶴見中尉が怪訝そうな顔で歩み寄って来ていた。
様子を見るに、どうやら杉元を取り逃したらしい。

「何だこの傷は?」
「…見た事がありませんね」
「うーむ。して、怪我はないか白野上等兵」
「背中が痛いです。不死身の杉元相手によく死ななかったなと自画自賛しています」
「うんうんうん、よく頑張ったな」

偉いぞ、と褒めて貰っても何の感情も湧かない。
それ程に杉元との戦闘で春臣は疲れ果てていた。背中は痛いし寒いし、もう帰って早く火鉢か何かで暖まりたい。

そう思いながら鶴見中尉と拠点まで戻ると、なんとその拠点が轟々と炎に包まれており、深夜だと言うのに人集りが出来ていた。
確かに暖まりたいとは思ったが、こんなに過激な方法で暖など取りたくはない。

「杉元…いや、杉元一味に刺青を集めさせた方が良いな。奴らの方が一枚上手だ」

揺らめく炎を眺め、そう静かに呟く鶴見中尉の背後で、どうやらそのようですね、と春臣は密かに溜息を吐く。

「申し訳ありません…火の回りが早くて刺青人皮を持ち出せませんでした…!」

駆け寄り、非常に申し訳なさそうに報告する部下を一瞥した鶴見中尉はバサッと上着を脱ぎ去る。

「これは無事だ。おかげで暑いわ!暑い暑い!」

そう言って、縫い合わせてシャツのようにした刺青人皮をバサバサと仰ぐ鶴見中尉に部下たちは安堵の表情を浮かべる。
それを横目に、春臣はもうなんでもいいから早く休ませてくれ、と疲労困憊のあまり白目を向きそうになっていた。










「尾形。久しぶりだな」

尾形の見舞いに病院へと通うのは最早春臣の日課となっている。
昨夜拠点があんな事になってしまい、結局ろくに休めなかった春臣だが、この日課だけは欠かさなかった。
その努力が報われたのか、遂に今日目を覚ましている状態の尾形と漸く対面する事が出来た。

「起きて平気なのか?…傷は?痛むか」
「……」
「まあそれはそうだよな」

顎の怪我で返事をする事が出来ない尾形は目線を動かし春臣の声に答えようとする。
今の問に尾形は物凄くジト目で返してきたので「痛いに決まってるだろう」くらいの事を思っていたに違いない。

くつくつと笑った春臣は椅子を引っ張り出し、尾形が寝転ぶベッドの脇に腰掛ける。

「なあ、お前山で何してたの。しかも一人で」
「…」
「どこか行くなら俺も誘えよ」
「…」

後ろめたい事でもあるのか、スっと目を逸らす尾形に春臣は溜め息を吐き、そう言えばと会話を続ける。

「玉井伍長、野間、岡田、谷垣が山で行方知らずになった」
「…」
「暫く捜索したが手掛かりはなし。マタギの谷垣がいて遭難したとは思えないから、何か不測の事態が起こったと鶴見中尉は考えている」
「…」

怪我で動く事が出来ず情報に疎くなっている尾形の為に、春臣はここ最近あった出来事を順に話していく。
それを尾形はじっと春臣を見つめて聞きつつ、与えられた情報を頭の中で整理していた。

「それで昨夜だが、不死身の杉元とやり合ったぞ」
「、」
「尾形のその怪我、杉元にやられたんだろ?仇討ってやりたかったんだけど普通に無理だったわ」
「…」
「痛」

ベッドに置かれた春臣の手の甲を少し抓り、どういう事だ、と言わんばかりに尾形が訝しげに眉を寄せる。
そんな尾形に春臣は抓られた手を摩りつつ、話せば長くなるが…とまず前置きをし、そうして昨日のことを事細かく話してやるのだった。



「────…と、いうわけだ。杉元とやり合って死ななかった俺を褒めて欲しい」
「……」
「ああ、真っ先に戦って生還した尾形も十分偉いな。先に褒めてやる」

そう言って顎を固定する為に巻かれた包帯越しに頭を撫でてやれば、黒目を細くし何とも言えぬ顔をする尾形。その仕草はまるで猫のようだ。

「はい、尾形の番。俺の事も褒めろ」
「…」

軍帽を取り、少し前屈みになって頭を差し出し急かしてやれば、尾形はおずおずと折れていない方の腕を持ち上げる。
そして春臣の頭に手を乗せると、ぽんぽんと二度ほど軽く頭を撫でてやった。

「……うん、少し頑張りが報われた気がする」
「…」
「ありがとう尾形」

笑って礼を言った春臣は前髪を掻き揚げて軍帽をかぶり、膝に手を着いて立ち上がると椅子を元あった場所へと片付ける。
本当はもっと話していたいが、そろそろ戻らねば。新しい拠点の事などで未だバタついているのだ。

「また来る」
「…」
「じゃあな尾形、お大事に」

ひらひらと手を振って病室を後にする春臣を
、尾形はじっと見つめその背を見送った。


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