「おかしな刺青?……ああ、何日か前に来た客にそんなのがいたってうちの子が言ってたなあ」
「本当ですか?」
「こう…曲線みたいな刺青?」
「それです」
「うん、来た来た」

ちなみに何日か前っていつ?と春臣が聞き返すと、遊郭の店主は腕を組んで唸る。
鶴見中尉の命令で相も変わらず小樽で聞き込みを行っていたところ、ようやっと刺青の脱獄囚らしき情報に辿り着いた。

「確か…三日前だったかな?物凄く体格の良い客だったよ」

武道でもやってるのかねぇ、と言う店主の言葉に春臣は「情報、ありがとうございます」と頭を下げて丁寧に礼を言い、店主の背後で名残惜しそうな声を出す遊女たちに苦笑しながら店を後にする。

この店に来たのが三日前の事ならば、その囚人はまだ小樽にいるかもしれない。
もう少し聞き回ってみるか、と春臣が肩の小銃を背負い直した時だった。
此処からそう遠くないところで爆発音が上がった。

「……手投げ弾か?」

足を止めた春臣は周りを見回し、耳を澄ませて音の出処を探る。
すると爆発音に続いて拳銃、三十年式歩兵銃の音までが聞こえてきた。
こんな街中で一体誰が第七師団とやり合っている
のか。
なんだなんだ、何事だ?とざわざわ騒がしくなって来た周りを一瞥した春臣は早足でその場を立ち去ると、目に付いた火の見櫓へと向かう。
相手に拳銃持ちがいるのなら念の為距離を取っておいた方が良いだろう。この火の見櫓は狙撃地点にするにはうってつけだ。
身軽な動きであっという間に火の見櫓に上った春臣は小銃のボルトを操作し、未だ銃声が鳴り響く方角へと銃口を向ける。

「相手は一人か?…何を手こずっているのやら」

銃口を向けたおよそ300m先では、第七師団四人と帽子をかぶった身なりの良い男一人が木箱を盾にして銃を撃ち合っている。
また、すぐ側には地面に伏せたまま動かない男が一人、それからこれまた身なりの良い男二人が馬に乗ってその場を離れて行く。
あの馬上の二人も敵だろうか?だが一先ずは帽子の男を優先しよう。

「上からは丸見えだぞ」

乾いた唇をペロと舐め、木箱に隠れる帽子の男に狙いを定める。
すると銃口の先で男が導線に火をつけた手投げ弾を振りかぶった。
その時点で撃っても別に良かったのだが、もし奴が刺青の脱獄囚だった場合がまずい。
あまりにも近くで爆発させて体が吹き飛んでしまっては刺青を回収出来なくなり、鶴見中尉に叱られてしまう。

狙いを変えた春臣は男が手投げ弾を投げ、それが空中の一番高いところに至ったその一瞬を狙い、躊躇なく引き金を引いた。

「…よし」

ターンという乾いた音を立てて放たれた弾は一寸の狂いなく手投げ弾を空中で撃ち抜き爆発させる。
長距離射撃を命中させた余韻に浸る事無くすぐさま排莢をした春臣は、手投げ弾が思いもよらぬところで爆発し、唖然としている帽子の男の頭目掛けもう一度引き金を引いた────。




「────…白野上等兵殿!」

目標を撃ち終えた春臣が足早に現場へと向かうと、兵士たちが倒れた男を囲んでいるところであった。
その人数は火の見櫓から見た時よりも増えており、そこには鶴見中尉も加わっていた。

「ああ、この男を狙撃したのは白野上等兵か」
「はい。手こずっているようだったので」
「ご苦労。相変わらず良い腕だ」

鶴見中尉の賛辞の言葉に会釈した春臣は脳天から血を流し、目を見開いて事切れている男を一瞥し、首を捻る。
剥がされた服の下には刺青はなかった。

「刺青の脱獄囚ではなかったのですね」
「うむ。二名が逃走していて現在追跡中だ。そのどちらかが囚人かもしれんな」
「……鶴見中尉殿、近くの遊郭に刺青の男が来ていたようです。話では体格の良い男だと」
「逃げた二名のうち、一名はかなり体格の良い男でした!」
「そうか、そうか。ならばそいつは刺青の脱獄囚で間違いないな」

春臣の齎した情報に満足気に頷く鶴見中尉だったが、一拍置いて「しかし…」と首を捻る。

「解せんな。我々を誘い出して刺青を奪うつもりだったのか?ダイナマイトまで用意して…、」

死んだ男の上半身をさわさわと擦って鶴見中尉が思考に耽っていると、兵士たちの報告を受けていたらしい月島軍曹が足早に寄ってきた。

「鶴見中尉殿、先程別の場所から聞こえた爆発音は堺町通り付近だそうです」
「────金融街か。こっちの騒ぎは陽動作戦…、狙いは銀行だ」

ハッとした鶴見中尉はすぐさま馬に跨ると部下たちを置いて単身で駆け出す。
どうやら借りたらしい馬は鶴見中尉が乗って行った一頭しか居らぬ為、部下たちは慌てて駆け出し上官の背を追う。

「白野は残って逃げた二人組の方を探せ!」
「はい、月島軍曹殿」

従順に頷いた春臣は遅れて走り出した月島軍曹の背を見送ると、その場に残った一等卒たちに死体の処理を指示し、同時に二人組の行方を追う。
いくら追跡の兵を出していても相手は馬に乗っているのだからどこかしらで撒かれるだろう。
やはりあの時に馬だけでも撃っておくべきだったか、と春臣は大きな溜息を吐いた。








「で、結局二人組は今も見付からず。敵の本当の狙いだった銀行からは和泉守兼定が盗まれた」
「和泉守兼定?」
「そう。相対した鶴見中尉殿曰く、犯人は幕末の亡霊…この世に恨みを残した悪霊。土方歳三だってさ」
「土方歳三とは、また」
「面白い話だよな」

そうして、くつくつと笑い会う尾形と春臣の声が病室に響く。
尾形の怪我も随分と良くなり漸く話せるまでになったが、まだ暫く退院の許可は降りそうになく、ベッド上で暇している尾形に春臣は相変わらず近況の報告をしてやっている。

「鶴見中尉陣営、不死身の杉元陣営、それから土方歳三陣営の三つ巴だ」
「ははぁ、錚々たる面子だな」
「コイツらを相手にするのは骨が折れそうだ」
「だろうな」

フンと鼻を鳴らした尾形は包帯越しに頭を撫でる。
その動作をじっと見ていた春臣はふとある事に気付く。

「尾形お前…髪、結構伸びたな」
「そういうお前こそ人のことを言えんだろう」
「まあ最近バタバタしていたからな。刈る余裕なかった。今度床屋に行こうぜ」
「そうだな」

互いに自身の髪を弄りながらうん、と頷き合う。
満足気に笑った春臣は前髪を掻き上げ軍帽をかぶって立ち上がると、いつものように椅子を片付け尾形に向き直る。

「じゃあまた明日来る」
「……別に毎日来んでも良い」
「そう言うなって。来れるうちは来るさ」

このまま行けば尾形が退院する前に春臣たちは小樽を離れるかもしれない。
そうなればまた暫く会えなくなる。
だから来れるうちはなるべく会っておきたいのだ。

呆れたような目をする尾形に、楽しそうに笑った春臣はひらりと手を振るとゆっくり踵を返し病室を後にした。


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