めっさ刺しにされていたり、首を切られていたり。殺害方法は様々だったが、決まってその背には“目”という文字が刻まれている事から同一人物による犯行だと推測されている。
そしてその犯人だが、刺青の脱獄囚の一人、辺見和雄ではないかと鶴見中尉は考えているようだ。
辺見が殺したであろう遺体の中で、一番新しいものはニシン漁場付近で見付かっている。
その事から、辺見和雄の刺青人皮を手に入れる為、春臣たちは近々積丹へ向けて出発する旨を鶴見中尉から指示されていた。
「────あら?いつもの軍人さんですね、毎日ご苦労様です」
「こんにちは。今日も少し病室に寄らせて貰います」
最早顔馴染みとなった看護婦に軽く挨拶をし、通い慣れた病院の通路を歩いていく。
暫く小樽を離れねばならぬ事を尾形に伝えるへまく、今日も今日とて病室を訪ねたのだが…
「…?」
今日は一段とまた病室が静かだった。
廊下から室内を覗いて見ると、どうやら尾形は眠っているようだった。
起こしては悪いと気配を消した春臣は音を立てずに静かに近付き、未だ眠っている尾形を無言で見下ろす。
「、」
暫くそうして寝顔を眺めていると、急に尾形が小さな呻き声を上げた。
悪夢でも見ているのだろうか。
苦悶に歪んだその顔には脂汗が浮かび、呼吸も荒い。
これは起こしてやった方が良いなと考えた春臣が尾形に手を伸ばしたその時だった。
「、……勇作…殿……」
うわ言で発せられた故人の名に、春臣は目を丸くし、伸ばしていた手を途中でピタと止める。
勇作殿。
尾形自らが殺めた腹違いの弟。戦場で唯一清いまま死んでいった男。
うわ言で名を呼ぶなど、…やはり心の奥底では弟を殺した事を悔いているのだろうか。
あの時、殴ってでも止めてやるべきだったのか。それこそが尾形の為になったのか?
ぐっと一度拳を握った春臣はすぐに脱力すると、トンと尾形の胸を軽く叩いてやった。
その小さな衝撃にぱちっと目を開けた尾形は暫く唖然としていたが、ゆっくりと視線を横へ向け春臣をその目に映すと、はあと短く息を吐いた。
「…、……春臣」
「大丈夫か?尾形。魘されていたぞ」
「……そうか。俺は何か、譫言でも言っていたか」
「…いや?別に何も」
いつも通りの表情で首を傾げる春臣をじっと見つめた後、尾形は「そうか」とまた息を吐いて上体を起こした。
「尾形。暫く小樽を離れる」
「どこへ行く?」
「積丹。刺青の脱獄囚がいるかもしれない」
「…ご苦労なこった」
フン、と鼻で笑う尾形に春臣は「まったくだ」と呆れ混じりに少し笑う。
だがすぐにスゥと笑顔を消して表情を引き締めると、何やら真剣な顔でまた口を開く。
「大人しくしとけよ」
「なんだ、悪さでもするように見えるか?」
「実際に山で悪さしてたのは誰だったかな」
「…」
「お前、疑われてるぞ」
はっきりそう告げてやれば、尾形は僅かに上げていた口角をきゅっと一直線に結んだ。
27聯隊で造反を企てている者がいる。
いつだったか、春臣は鶴見中尉からそんな話を聞かされた。
造反の理由を上げるとするなら、それは恐らく鶴見中尉が第七師団を乗っ取り、中央に対して行く行く反乱を起こそうと企んでいるからではないかと思う。
中央からすれば鶴見中尉側こそが造反を企てていることになり、その動向を見張らせる為にきっと何人かスパイを送っている事だろう。
そのスパイとしてより深い疑いを掛けられているのが他でもない、尾形なのだ。
その決め手となったのが、現在尾形が入院している原因でもある、約一ヶ月前の尾形の単独行動だった。
「俺が積丹に行ってる間、誰かは知らんがきっと別の見張りが付くぞ。気を付けろよ」
「…その言い方だとお前自身も見張りだと言っているようだが?」
「見張りだよ。命令上はな」
刺青人皮を探す傍ら、春臣は尾形の動向を探るよう鶴見中尉に元から命じられていたのだが、当然それに関する報告を上げた事は一度もない。
「今のは傷付いたよ」
「嘘付け。傷付いた顔か?それ。というか俺が見張りの方が尾形には都合が良いだろう」
「そりゃそうだ」
くつくつと笑った尾形は「精々大人しくしてるさ」と鼻を鳴らし、背中からベッドへと沈み込む。
「一応言っておくが、お前に関する事は何も報告してないからな」
「ありがたいことだな」
「仮に報告しようにも、お前からは何も聞かされていなかったし」
「…」
暗に単独行動の件を少し責めるように言ってやれば、尾形は顔を僅かに俯かせ、ぐっと押し黙る。
言い訳でも求めるように春臣自身も口を結んでしまえば、来た時と同じように病室は再び静寂に包まれた。
「……そろそろ戻る」
二人揃って暫く無言でいたが、いよいよ埒が明かないと考えた春臣が先に静寂を破った。
息を吐いてスっと立ち上がると、慣れた動作で腰掛けていた椅子を片付け始める。
その様子をいつも通りじっと見ていた尾形はおもむろに、ぽつりと春臣の名を呟いた。
「なに?」
「…、…お前は…」
「?」
「…────いや何でもない」
「何だそれ」
そこまで言って話さないのかよ、と春臣が笑えば、尾形はプイと顔を逸らしてしまう。
それにまた笑った春臣はそっぽを向く尾形に「じゃあな」と言って踵を返し、病室を後にした。
「…春臣、」
一人残された尾形は再び静寂へと逆戻りした病室で、先程言えなかった言葉をぽつりと溢す。
「……お前は、本当に俺を選ぶのか────?」