「報告は以上となります」
「御苦労だった白野上等兵」

労いの言葉に姿勢を正し、「はい」と短く返事をする。
いつも通りならそこで戻ってよしと言われるのだが、今日に限って鶴見中尉は怪しい笑みを浮かべたまま春臣をじっと見ていた。
…居心地が悪い。
鶴見中尉から向けられる刺さるような視線と長い沈黙に、堪らず春臣は自ら口を開く。

「…鶴見中尉殿?如何致しましたか」
「いやなに、相変わらず麗しい顔面だなぁと思っただけだ」
「左様ですか」
「うん。それはさておき───尾形 百之助とはどうだ?仲良くやっているか」

まるで世間話でもするかのように発せられた言葉に、一瞬眉を寄せそうになるも目をパチと瞬かせることで耐える。

「仲は良い方かと思います」
「そうかそうか!それは良い。ちなみに、白野上等兵の生い立ちはもう話せたかな?」
「…」
「‪うんうん、さすがは白野上等兵。仕事が早いな」

春臣は何も答えなかったが、どうやら鶴見中尉はそれを肯定と受け取ったらしく楽しそうに何度も頷く。

「同じ境遇の似た者同士だ、さぞ親近感が湧いたことだろう」
「…そうでしょうか」
「いやいやほんの少しで良いんだ、尾形 百之助の冷えた心に小さな楔が打てればな」
「……」

ゆっくりと歩み寄って来た鶴見中尉が春臣の肩に手を置き、耳元に顔を寄せて怪しく囁く。

「白野は“お利口”だからな。…尾形をしっかり誑し込んで此方へと引き込め」
「…お言葉ですが、尾形は既に此方側の人間なのでは、?」
「奴は何を考えているのかわからんからなあ」

尾形の良き友になってやれ。

「私は君を信頼している。だから春臣、君だけに頼むんだ」

するりと鶴見中尉の指が首を撫でていく。
向けられたその信頼は最早脅迫とも取れる。
じわりと滲んだ汗が背中を伝う様が、どうか気付かれていませんようにと春臣は静かに祈った。

「頼むぞ」

そう言って離れて行く鶴見中尉から漸く「戻ってよし」の指示が降り、春臣ははく、と空気を食み、一礼して部屋を後にした。



「……」

今頃になって急に自身と父の噂が流れる事など有り得ない。恐らく鶴見中尉が意図的に流したのだろうとは思っていた。
それをされたところで別段困ることも無いし、何を噂されようがいつだって春臣にはどうでも良かった。
「同じ境遇なんだ。せっかくだから尾形に身の上話をしてやれ」という鶴見中尉の命令にも、その日のうちに従った。

鶴見中尉には恩があるし、彼に付き従うことで自身の野望が達成されるならどんな命令でも従ってやる。従って来た。
けれど、────…

「良き友になれ、か」

明確な理由はわからない。
尾形にそう話したように、きっと親近感が湧いたに違いない。
だからだろうか。
その命令だけは…言われるがままに従うのは嫌だなと、少しだけ思った。

命令ではなく、自分の意思で…────友になりたい、と。
柄にも無くそう思ったんだ。




|