緩む(2)
(なんだ、これ)
端月は無表情のまま泣いていた。
──今は“悲しくない”のに、この空間がそうさせているのか。
理解できずに呆然としていると、背後に気配を感じた。
すぐさま後ろからポケットティッシュが飛んできた。
床を滑り、前方で回転して止まる。
「……」
端月は後ろの存在を確かめることも、ティッシュを手に取ることもしなかった。
止め処なく溢れてくるものに顔を濡らしながら、静かに目を閉じた。
…が……い
…が…る…
何が………
何が、悪い。
不明瞭な音声と映像が蘇る。
唇を噛みしめて、堪えている様子の少年が浮かび上がってくる。
──最近見る夢と同じだった。
(……しつこいな、全く)
端月は嘲笑した。
うねる暗闇が記憶を飲み込んでいく。
そこに、雨が屋根に打ちつける激しい音が重なる。
(……あぁ)
(やっと)
(…やっと泣けたんだな)
雨音を聞きながらそんなことを思った。
すると、虚像の少年の堪えていた口元が、強張りながらも少しだけ開いた。
何かを呟いたが、その声は端月には聞こえなかった。
轟音と共に黒い渦が少年の幻影を巻き込み、弾け飛んだ。
辺りは静寂に包まれた。
次第に体が軽くなるような感覚が支配する。
(────)
めまぐるしい光景を見届けた端月の意識は深く深く沈んでいった。
「──い、おい端月」
友人の呼びかけにはっとする。
端月は扉を見つけたときの場所に立っていた。
「急に立ち止まって動かなくなるから心配したじゃねえか。大丈夫か?」
「いや、いつもの扉が見えて…」
「は?」
事情を知っているはずの友人の反応は辛辣だった。
まるで今、初めて聞いたかのような──。
「なに、扉って」
「……ううん、なんでもない」
「暑さにやられたんじゃねえの」
「…そうかもしんない」
あれから扉が現れることはなくなった。
夢にはあの少年がたまに出てくるが、堪えている顔ではなく、どこか穏やかな表情だった。
緩む