鈍色の箱庭に(1)


逃げよう。
少女は決心した。

過去の記憶は曖昧だった。
気づいたときには得体の知れない連中に閉じ込められていた。
彼ら曰く「“フシギなチカラ”が使えるからここにいる」らしいが、少女はいまいちぴんときていなかった。

少女は朔羽(サクハ)と呼ばれていた。
だが本当の名前ではないと思っている。
記憶の片隅でその名を否定する自分が少なからず存在していたからだ。
ここにいる間は『朔羽』でいい。
本当の自分は別にいる。
それを今から取り戻しに行くところである。



狭苦しい部屋から出るだけなら容易だった。
毎日3時間おきになんらかの検査があり、研究員2名がついて別室へ移動する。
特殊なカードキーを使わなければ決して開くことのない扉が機能しなくなるのはそのときだけだ。

問題はそのあとどうするか──研究員の目を盗み逃げるには──。

あれこれ考えていると、廊下が騒がしくなってきた。
ドア越しに耳を澄ませると、複数の声が飛び交っている。

「あぁ? どういうことだ?」
「だから…よくわかんねぇけどふざけた格好の奴が…!!」
「ぐわっ…」
「おい!!」
「なんだお前…っ!」
「来るなーっ!!」

どん、どん、と鈍い音が続けて響く。
体に何かが当たっているらしい。
呻き声のあとには、倒れるような振動が伝わってくる。
やがて物音が収まり、靴音が朔羽の部屋に近づいてきた。
一定のリズムが大きくなる。
ドアの前に来るとぴたりと止まった。

(…誰?)

話からすると部外者であることは間違いなさそうだが、目的がわからなかった。
そもそも簡単に侵入できる場所ではない。

「いますか?」

ノックと共に明るい声が聞こえてきた。
朔羽は少し驚いてドアを見た。
ほかにも部屋が並んでいるのに、なぜ真っ直ぐ朔羽の部屋まで来たのか。

「いるんだよね?」

あっけらかんとした調子で呼びかけてくる。
朔羽は返事をしていいものか迷った。
──敵ではない?
ドアを見つめながら考えを巡らす。
すると向こう側からまたノックされる。
朔羽は反射的に飛び退いた。
先ほどのノックとは違う、ただならぬ気配を帯びていたのだ。

「あれ、カードキーが必要なの? …面倒だな。ドア開けるから離れててね」

言い終える前にドアが粉々に壊れた。
がらがらと崩れ落ちるドアの向こうに、人影が現れる。

「……」

無言のまま、朔羽はドアを壊した男を見る。
付け髭、丸眼鏡、緑のアフロヘアーのカツラに三角の赤い帽子。
ゴールドに輝くタキシードの上から黒のマントを羽織っている。
パーティーグッズだらけの身なりはまさに“ふざけた格好の奴”だった。



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