「シロ、客間にレイジュちゃんが来ているよ」
「本当?ありがとうお兄さま!」

部屋に顔を見せた歳の離れた兄にお礼を言い、シロは客間に駆け出した。

「レイジュちゃん、久しぶり!」
「うん、」
「東の海はどうだった?」

どこか暗い顔をしているレイジュに首を傾げる。依頼のため東の海に行ってくる、と教えてくれたのはレイジュだった。イチジに会わなくて済むのは嬉しかったが、レイジュに会えないのは寂しかった。だから久々に会えて嬉しかったのに、どうして、そんな顔をしているんだろう。

「どうか、したの…?」

レイジュの隣に座り、手を握る。
東の海で、何かあったのだろうか。

「レイジュちゃん。大丈夫?」

シロの優しい声に、レイジュは手を握り返す。そしてかたく結んでいた口をようやく動かした。

「あなたに、話すべきか迷ったけど……でも、隠し事はしたくないから。落ち着いて、聞いてほしい」

目を逸らさず頷いたシロに、レイジュはぽつり、ぽつりと、東の海であった出来事を話し始めた。







レイジュが帰った後も、シロは客間にいた。ぼんやりとどこか遠くを見つめながら、静かに涙を流す。

どうしてそんな酷いことが出来るんだろう。
あんなに優しいあの子を、めちゃくちゃにした。

「シロ?どうかしたのか?」

気が付けば父が目の前にいた。
シロの父は優しく、愛情深いし、怒る姿をほとんど見たことがない。いつだってシロたち子どものことをいちばんに考えてくれていて、シロのことも兄のことも平等に愛してくれていた。

「お父さま……わたしはどうしてもあの国にお嫁に行かなければいけないの?」
「シロが嫌だというなら、行かなくてもいい。でも、その理由を聞かせてくれるかい?」

あの国に嫁いで、イチジと結婚して、ずっとずっと一緒に暮らしていく。そんな生活をするなら死んだほうがマシだと思ってしまうぐらい、軽蔑していた。レイジュには悪いけれど、正直もう限界だった。

泣きじゃくりながらも正直な思いを話し終えると、父は強く抱きしめてくれた。

「愛する娘がそこまで追い詰められていたことに気が付けないなんて父親失格だな…ごめんな、シロ。本当にすまなかった」

何度も謝る父に、ふるふると首を横に振る。謝ってほしくなんかない。だって父は何も悪くなんかない。だから、そんな悲しい顔もしないでほしい。

「ジャッジとは長い付き合いだったしこの国を守っている恩があったから強く言えずにいたが……シロが望まないのなら、もう辞めよう。ジャッジとも、ジェルマ王国とも縁を切るさ。大丈夫、シロは何も間違っていない」

シロの頭を撫で、優しく微笑む。
そしてもう一度、ちいさな身体を抱きしめた。さっきよりも力強く、長く、シロの存在を確かめるかのように。

いま思えば、父はこの時すでに分かっていたのかもしれない。

この温もりが、最期だと。

もう二度と、生きて会うことはないと。



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