脳内にちらつく炎のせいで眠りにつくことができず、シロは静かに寝床を抜け出した。

轟々と燃える城も、皮膚を焼かれたあの痛みも、兄の最期の微笑みも、生きてと言ったあの子の涙も全てを鮮明に覚えている。
1日たりとも、忘れたことがなかった。


「……空気、綺麗になったなあ」

外の空気を吸うのは久々な気がした。数日前まで毒ガスが充満していたとは思えないほど空気が澄んでいる。深呼吸を繰り返して、ぼんやりと空を見上げる。月が隠れている。まるで心の内を表しているようだった。

「どうかしましたか、可愛らしいお嬢さん」

声をかけられ振り向くと、ギターを抱えたガイコツが立っている。シロは目を瞬いた後、控えめに微笑んで首を横に振った。

「いいえ。特に、何も。散歩です」
「ヨホホ、そうですか。ならいいのですが。そういえば、怪我の具合はいかがですか?サンジさんもずっと心配しておりました」
「怪我ならもう平気です。昔から身体が丈夫なんです。ありがとうございます」
「平気ならよかったです。サンジさん、あなたのそばにずっといたんですよ。花を飾ったり、花かんむりを作ったりして、あなたが目覚めるのを祈るように待っていた。健気なお姿に涙が出そうになりました。涙なんてとうの昔に枯れ果てましたが!ヨホホ!」

最後のジョークに思わず噴き出すのと同時に、涙がこぼれ落ちた。慌てて拭っても、また涙が落ちてくる。拭っても拭っても追いつかない。ただただ、ツナギの袖が濡れていく。

「やはりあなたは、サンジさんの“大切な女の子”なんですね……」

ぼんやりと呟きながらかき鳴らしたギターが、シロの泣き声をかき消した。







太陽が真上に昇ってきた頃、花束を腕いっぱいに抱えたペンギンがハートの海賊団に与えられた部屋に戻ってきた。

「あれ、シロは?」
「シロならタヌキのとこ行ったぞ。お手伝いしてくるんだと」
「あいつ…病み上がりのくせに…」

呆れたようにため息を吐き、腕に抱えていた花束をテーブルの上に下ろす。サングラスを外したシャチは、色とりどりの花たちに感嘆の声をあげる。

「すっげぇ綺麗だなあ。シロが好きそう」
「シロに渡してほしいって、リスのミンク族に頼まれた。シロに助けられたからそのお礼だと」
「昨日もお礼だとかなんとかで貰ってきてなかったか?ホンット律儀な奴らだよなあ」

本来ならシロが寝ているはずだったベッドのそばには、たくさんの花が飾られていた。シロに命を助けられたからと言ってお見舞いとお礼を兼ねて花を届けてくるミンク族が後を絶たない。それを話すとシロは嬉しそうに笑ってくれていたから、今日も喜んでくれると思っていたのに。

「あいつ大丈夫かな……」
「ペンギンはカホゴすぎ!顔色も悪くなかったし、ずっと閉じ込めっぱなしなのもよくねぇだろ?」
「言ってることは分かるけどよ、」
「それに麦わらの一味の連中と黒足の話もしたいって言ってたし…好きにさせてやりてェなって、そう思ったんだよ……」

昔、シロがたった一度だけ話してくれた“どうしても忘れることの出来ない男の子”。その子が黒足のサンジだと気付いた時、この広い海でこんな運命の再会もあるんだなと感動した。
と言ってもシロは意識がなかったはずだから、これは本当の再会ではなくて。シロは絶対会いたかったはずなのに、サンジだって目を覚ましたシロと会いたかったはずなのに、また引き離されてしまった。

「……会わせてやりてェなァ」

ペンギンの呟きに、項垂れていたシャチが頷く。

可愛い妹分には幸せになってもらいたいのに、どうも上手くいかない。いつになったらあの子は苦しみから解放されるのだろうか。



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