- スワロー島 町外れの小屋 -
それは突然の出来事だった。
オペオペの実を使いこなせるようになったローの元へシロクマが飛び込んできたのだ。
「おねがい!この子を助けてあげて!」
涙目のシロクマーーベポの背には、血まみれの少女が乗っていた。息も絶え絶えで、パッと見腕に酷い火傷を負っているようだ。触れた手は冷たく、体温は下がりきっている。かなり深刻な状態にローの表情が強張る。
「これ…どこのガキだ」
「それが、分からないんだ!海岸に倒れているのを見つけて、助けなきゃって…!」
どこの誰かも分からないし、救う義理だってない。けれどローは死にかけてるその少女を見捨てることができなかった。
もう会えない妹と、重ねてしまったのだ。
「…そこに寝かせろ、そっとだぞ」
「! うん!分かった!」
ローの迅速な手当のおかげで少女は一命を取り留めた。けれど、なかなか目を覚まさなかった。熱に魘され、何度も何度も同じ言葉を繰り返していた。
“ごめんなさいお父様”
“ごめんなさいお兄様”
ドキリとした。自分が呼ばれたわけでもないのに、反応してしまった。あの子のように苦しみながら、お兄様なんていうから。
「……はやく、目覚ませよ」
ローは呟いて、ちいさな手を握った。
※
「キャプテン!女の子が目を覚ましたよ!」
「オイそのキャプテンっての辞めろ…」
ローの元へ運び込まれてから3日ほど経った頃、少女がようやく目を覚ました。ドタバタ騒ぐベポにはおつかいを押し付け、小屋から出て行かせた。
ようやく静かになったところで少女の顔を覗き込むと、コバルトブルーの綺麗な瞳がローを捉えた。
「話せるか」
「はい……ここは?」
「スワロー島。お前、名前は」
「……シロ…です」
「どこから来た」
「リベルテ島」
シロと名乗った少女が呟いた島の名前に、ローは息を飲んだ。
「リベルテ島と言ったら、この前戦争で…」
「知っているの!?」
「おい、まだ起きあがんな」
「教えてください、知っていること、ぜんぶ」
「……新聞で見たんだ。戦争が起きたって。それで島は全焼して……生き残りはいなかったって」
シロは目を見開いて、すぐにそれを手で隠す。ローは言わない方が良かったかもしれないと少しばかり後悔した。
「……どうして」
「何?」
「どうしてそんなヒドイことができるの…?」
その言葉は、痛いほどに胸に響いた。
「あんなの人間じゃないよ、悪魔だよ……みんなに何の罪があったというの?どうしてお父様が殺されなければいけなかったの?どうしてお兄様が死ななければならなかったの……?」
ローも幾度も繰り返した“どうして”をひたすら繰り返し、ガーゼが貼られた頬を涙でぬらす。その姿はあまりにも痛々しく、ついには昔の自分と重ねてしまった。
放っておけない。
放っておいたらいけない。
「シロ」
おずおずと伸ばした手で、シロの肩に触れる。びくりと震えたそれはあまりにも細く、頼りない。
「お前、ここまで…こんな遠くまで、たったひとりで、どうやって来たんだ」
「色んな船を、乗り継いで…隠れたりしながら、逃げてきました。もっと遠くに行かなきゃって思って、でも、この島で力尽きて……」
「どうして逃げなきゃいけなかったんだ?」
「だって、見つかったら、きっと殺されるから。殺されたくなかったから逃げた」
そこでシロは、唇を噛みしめる。
「そうだよ……わたし、生きたかったんだ。お兄様が自分の命を捨てて、助けてくれたから。大切な友だちが守ってくれて…それで生きていてほしいって、泣いてくれたから」
ローにも、同じような人がいた。自分の命を捨ててまで守ってくれて、ローの命を助け、心をくれた。
その人のためにも生きなきゃいけない。あの人が生かしてくれたこの命を、まだ終わらせるわけにはいかない。
「じゃあ……しぶとく生きねェとな」
その言葉に、シロは何度も何度も頷く。まだまだ泣きたそうに見えるけれど、それを必死に堪えているようだった。
「見ず知らずのわたしのこと、助けてくれて、ありがとうございます…」
妹と歳があまり変わらないように見えるその少女は、きっと、心が強いんだろう。下手したらローよりもずっとずっと強いのかもしれない。
「お前は、強いな……」
ローは呟き、立ち上がった。
「ベポ……お前を助けたシロクマにおつかいを頼んだんだ。あいつが帰ってきたら、温かいスープを作ってやる。それ飲んで、寝てろ。治ったら色々手伝ってもらうからな、働かざる者食うべからずだ」
シロは驚いたように目を見開き、ローの横顔を見つめる。その視線に気が付いたローは不機嫌そうな表情をする。
「なんだその顔」
「いや、その…ここにいていいんですか…?」
「他に行くアテがあるのか」
「な、ないです……あの、ありがとうございます」
「べつに、」
帽子の鍔を下げたローにシロが笑った。
この日から、ローとシロと1匹のシロクマと時々悪ガキ2人の奇妙な同居生活が始まった。
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