ローに呼ばれたシロは、嫌な予感がしていた。ローの表情がどことなく気まずそうだったため、良くない話をされることはなんとなく察していた。

「あの…キャプテン?」

唇を固く結び、じーっと見つめてくるローの視線に耐えかねたシロが戸惑ったように呼びかけると、ようやくその唇を動かす。

「おれは…おれたちは、そろそろ偉大なる航路へ向かおうと思っている」
「そっか」
「だが、シロ。お前はここに置いていく」

シロは驚いたように目を見開いた。
それに構わず、ローは続ける。

「お前にこれを返す。お前がおれに渡していた、お前が稼いだ金だ。1ベリーも使ってねェ。しばらくはこれでやりくり出来るだろう」

ずっしりと重みのある麻袋を押し付けるも、シロは受け取ろうとせず、真っ直ぐにローを見つめていた。
その視線に負けたローはため息をつき、麻袋をシロの足元に置いてから再び口を開いた。

「知ってると思うが偉大なる航路は危険だ。お前を連れてなんかいけない。それにおれは海賊王になりたくて海へ出るんじゃねェ……復讐するために、行くんだ。おれはお前に、地獄へ向かうような旅の共を、」
「どうして?」
「…何?」
「どうして、そんなことを言うの?」

いつだってローの意見を尊重し、反抗ひとつせず、ましてやローの言葉なんて遮ったことないシロが、ローの言葉を遮り不満そうに眉を寄せていた。

「バカにしないでよ、キャプテンのバカ!」
「オイ、バカってのは何だ」
「うるさい!バカ!わたしのキャプテンへの気持ち、舐めてるんでしょ!だからそんなこと言えるんだよ、捨てていこうって平気で思えるんだよ!」

別に捨てるわけじゃない、と言おうとしたのに、それは言葉にならなかった。
だって、強がりが好きで滅多に涙を見せないシロが、恨めしそうにローを睨みあげながら泣いていたから。だから、驚いて言葉を失ってしまったのだ。

「ひどいよ…ここまで、ずっと一緒だったのに、いきなりぽいってするなんて、ひどすぎる。結婚詐欺と一緒だよ…!」
「結婚詐欺の意味分かって言ってるのか…?」
「いやだよ。ぜったいにいや!わたしも行きたい、ううん、わたしも行くの!」

シロは、欲がないのか困らせたくないのかは分からないが、あまりわがままを言わない子だった。こうやって駄々をこねる姿を見るのは初めてな気がした。

「それにね、わたしには夢があるの、行きたい場所があるの。だからいずれひとりでも偉大なる航路に入るつもりだった…」

それは初耳だとローが片眉をあげれば、涙を拭ったシロが困ったように笑った。

「普通の人が聞いたら、きっと、バカにされる夢だろうけど…」
「話してみろ」

頷いたシロが、窓辺に寄り、海を指差した。

「オールブルーって知ってる?」
「…知っているが、でもそいつは、」
「うん。でもね、わたしと、とある男の子はオールブルーを信じていたの。ずうっと前に話した、いつも傷だらけだった男の子だよ。その子はね、とっても料理が上手だったの。それでいつか、オールブルーを見つけて、世界中の魚を使って美味しい料理を作ってくれるって、約束したの…」

窓に額をつけ、声を震わせる。
その“男の子”が、その“約束”が、シロにとってどれだけ大切だったかが痛いぐらいに伝わってくる。

「あの子と一緒にオールブルーを見にいくことは、きっと、出来ない。だって生きているのかも死んでいるのかも、もうひとつの夢を叶えたのかも何も分からない…生きていたとしても、わたしのことを覚えているのかも分からない」

でも、と、言葉を続けたシロが振り返る。
コバルトブルーの瞳は、強い意志を映していた。

「わたしひとりでもいいから、叶えたかったの。行きたいの。どこにあるのも分からない、もしかしたら存在なんかしていないかもしれないけれど…可能性はゼロじゃないでしょう?」

確かにそうだ、とローが頷けばシロは安心したように笑って、ゆっくり歩み寄ってくる。

「でもね、キャプテンたちと離れたくないっていう気持ちもあるよ。キャプテンを支えたい。たとえ、行き着く先がオールブルーじゃなくてもいい。地獄だっていい。キャプテンたちと一緒に居られるのなら、何処へだって行ける」

「だから、お願いします。置いていかないで。地獄へだってついていくから、キャプテンの旅のお供をさせて」

「わたしを、連れて行ってください」

深々と頭を下げるシロに、ローは目を細めた。

ローの恩人のようにお人好しで優しいシロ。純粋で無邪気で、可愛らしいシロ。妹と重ねることはもうなくなったけれど、誰よりも幸せになってほしいと思っている。
だから、置いていくべきだ。泣き喚かれようが怒られようが、置いていくべきなのに。

「……お前は本物のバカだ。まァ、知っていたが」

帽子の鍔を下げ、ローは呟いた。

「自分の身は自分で守れよ」
「っ〜うん!!アイアイ、キャプテン!」

無邪気に笑ったシロが、ローに飛び付く。
ローはやめろ離せと冷たく言うわりにはシロの身体を引き離そうとはしなかった。


「ほーら。キャプテンはやっぱりシロに甘めェ」
「違いねェ」

ローに抱きついたまま離れようとしないシロを、こっそり見守る影がふたつ。

その直後、微笑ましい視線に気が付いたローにバラされることになるが優しい優しいシロがすぐに元に戻してくれた。

「これからも一緒に居られるなんてすっごく嬉しい!ペンギン、シャチ、またよろしくね」

そんなことを言いながら、あまりにも嬉しそうに笑うから。いい大人が、男が、2人して泣いてしまったのだ。

やっぱり、手放せるはずなんかなかった。

愛おしくてたまらない、可愛い可愛い妹分を。



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