シロはジェルマ王国の君主ヴィンスモーク・ジャッジに用があるという父に着いてヴィンスモーク家を訪れていた。ジャッジと父は付き合いが長く、こうやってジェルマ王国を訪れるのも日常的である。
ジャッジと話し込んでいる父から離れ通い慣れた王宮を歩いていると、目の前から見慣れた子供たちが歩いてくるのが見えた。ジャッジの子供たちだ。
物心ついた頃からの仲で、その中でも長男であるイチジは許嫁になっている。だけどシロは、イチジが苦手だった。嫌いではないけれど、どうしても恐怖心が拭えずにいたのだ。

「来てたのか」

目の前で立ち止まり腕を組んだイチジに、シロは唇をかたく結ぶ。そして足元に視線を落とすと、ハッと息を呑みイチジを見上げた。

「靴に血がついてるよ。ねえ、もしかしてまた…」
「あいつは弱い。弱さこそ悪だろ?」

シロは言い返したくなるのをぐっと堪え、俯いた。イチジの機嫌を損ねたら、きっと痛い目に合う。それにイチジだけじゃない、その後ろにいるニジとヨンジだって一緒になって虐めてくるに決まっている。
心を落ち着かせるように深く息を吐き、シロは笑顔を貼り付けた。

「イチジくんはこの国の王様にピッタリだね」
「当たり前だ。お前も女だからってあいつのように弱いのは許さないからな」

にやりと笑ったイチジに笑みを貼り付けたまま頷くと、その返事に満足したのかニジたちに「行くぞ」と声をかけてシロの横を通り過ぎていった。
ニジとヨンジは何が面白いのかニヤニヤしてシロを見ていく。1番後ろにいたレイジュはシロと目を合わせると、一瞬だけ眉をたれ下げる。
4人の気配が遠ざかったのを感じると、シロは笑みを消し慌てて走り出した。


「サンジくん!!」

シロは床に倒れているサンジに駆け寄る。ぴくりと反応したのを見てホッとしたように息を吐くと、肩にかけていたポシェットから絆創膏を取り出し手慣れたように手当てを始めた。

「痛かったよね……何もしてあげられなくてごめんね、」
「なんでお前が謝るんだよ……」
「だってサンジくん、こんなにぼろぼろなのに…わたし、何もしてあげられない、」
「お、おい!泣くなよ!!」
「イチジくんたちがこわい……いやだよ、わたしイチジくんと結婚なんてできないよっ…!」

シロのおおきな瞳から涙がこぼれていくのを見て、サンジは拳を握りしめた。
兄弟たちのように強かったら、シロを泣かせずに済んだのに。
そしてイチジよりも強かったら、シロの許嫁になれていたかもしれないのに。そうしたらシロも将来に怯えずに済んだかもしれないのに。
自分だったらシロを泣かせたりなんかしない。そう思ったけれど、いまシロを泣かせているのは間違いなく自分が弱いせいだった。

「謝るのはおれの方だよ…弱くてごめんな」
「やだ、サンジくんは謝らないでよ…!だってこんなのおかしいよ、だれよりも優しいサンジくんが虐められるなんておかしすぎるよ!」
「でも、おれはでき損ないだって…」
「そんなことな…っ!だれ、!」

聞こえてきた足音にシロはサッと表情を変えると、サンジの前に立ち、隠すかのように両手を広げた。

「わたしよ。そんなこわい顔しないで」
「レイジュちゃん……」
「イチジとかだったらどうするの。あいつら、だれにだって容赦しないわよ」
「そんなの…見れば分かるよ、」

傷だらけのサンジを横目で見ると、シロは力が抜けたかのように座り込む。
サンジを守ろうと咄嗟に立ち上がったけれど、ちいさな手のひらは震えていた。

「かわいそう。かわいそうだよ」

サンジやレイジュだけじゃない。
シロは、ヴィンスモーク家の子どもたちが普通の子どもとは違うことを知っている。
過去の栄光に縋り付き、勝利を渇望するジャッジによって感情を奪われてしまったイチジたちもかわいそうだとシロは思った。
イチジが苦手だけど嫌いになれないのは、かわいそうな子だと密かに同情してしまっていたからだった。




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