Cageling game
自分は、自分が嫌いだった。
自分の生まれも。自分のレールが見えた人生も。
何もかも。
ことは、とある少女。というには大人過ぎた女性の家出からだった。
幼いころから好奇心だけは子供らしく強かった。
しかし、問題なのはやたらに強かったこと。
それが災いとなって、帝国・ザーフィアス内でもよく抜け出しては下町にこっそり行っていた。
その頃からも貴族街の外に興味はあった。
だが、両親は自分がそう出ることをよしとはしない。
理由は、父親が騎士団で。更に自分の生まれが貴族だからなのだ。
下町の騒ぎは貴族街では耳にしないこともよくあった。
自分としては籠の鳥のような貴族街や家よりもあの場所が楽しかった。
許されないこと、と解ってても。
うんざりする自分の私生活を打破しようと何度も逃亡・家出を繰り返した。
そして、彼女は必ず逃亡・家出の際には緋色のドレスを着ていくのだ。
右に左、オーダーメイドの服はもう泥で汚れていたけどもう気にしなかった。
この逃亡が楽しくて、誰も私は見つけられないから。
だが、敢えて目立つ尚且つ見つかりやすい色を選ぶのには理由がある。
これはあくまでお遊び。戯れ。
こんな狭い世界に居座るには、好奇心を持て余した少女には無理な話だった。
「あ…。」
「…。」
正面には橙色を纏った一人の騎士。
左目を下ろされた髪で隠し、唯一見える右目は翠色。
自分の父親はどこの騎士団に所属するかなんて興味がないから覚えてないけど。
少なくとも、橙色ではなかった…気がする。
それに今まで追っかけにくる騎士とは少し違うため、小隊長…いや、隊長なのかもしれないと思った。
「悪戯が過ぎるな。ノールのお嬢様?」
「!」
この者は何もにか解った。私を捕まえるために送られた刺客…“鬼”だ。
自分はあくまで貴族出身だけど自由気ままな性格だった故に、やっていることは平民と大差がない。
悪戯に徒。そして家出やら逃亡まで。
親の脛をじりじり齧ってる自分が嫌になって、よく家出を繰り返すも我が身大事にと親は使用人を使って探す。
両親は任せっきりにしているくせに。
しまいには帝国の騎士を使うことも時々あるから益々嫌になってきた。
大嫌い。騎士団も、親も。自分の生まれも。何もかも。
「アンタも…うちの親に頼まれたの?だったら…退いてもらえますか?」
睨みつけるような眼はまさに、敵として認識して見るような眼。
それはまさに寄せ付けないような。手負い獅子の瞳。
だが、この男は素直に私の言うことを聞く気配は感じられない。
――――あぁ、コイツも“ヤツら”と同じか。
観念するような状態に諦めにため息を漏らすと、一気にすり抜けた。
気配を読み取り、感じられない部分だけ切り取ったように作るルート。
そのルートは私に絶対的な服従を誓い、そのルートは私を裏切らない。
これが始まれば最早、自分のゲーム。そして、チート紛いな自分ルール。
「捕まえに来たのなら無駄よ。私を捕まえることなんて誰もできない。」
それだけを言い残せば、あとは全力疾走。
伊達に幾多の騎士を含む人間を切り抜けて、自由の身として奔走に奔走していったわけではない。
追いかけっこ。これは鬼ごっこ。私を追う者は皆鬼で、自分はとにかく鬼から逃げる。
緋色のドレスを着る理由。それは“私の存在を示すため”。
私が一番楽しんでいる理由の一つ。それが鬼ごっことも言える逃亡戦。
鬼に常に私は自分自身の存在を示し、それを多数で寄ってたかって追わせるのだ。
自分のチート紛い、反則紛いの自分ルールでの。せめての情け代わりのハンデ。
下町の幼い子供たちがそうやって遊んでいたのを覚えている。
ルールは簡単だった。とにかく鬼ではない人は逃げ続けることだ。
しかし、違うのは私を追うものが一人じゃない。鬼とそれ以外の人が逆の人数だってこと。
鬼が増えれば増えるほど困難になる。でも、それが楽しくて仕方なかった。
逆にそんな辛い勝利条件で勝てれば嬉しいものは何もない。
壊したくて壊してくてたまらない退屈を壊すには、十二分だ。
長い間を走り、既に服もヒールもボロボロ。
ドレスは多少短くなっているのに、今までもロングでも逃げていけた。
今回は短いために更に勝算はある。楽勝。と、そう思っていたのに。
後ろをくるっと見て、楽勝とくるくる回っていると…。
とんっ、と何かにぶつかる。
すぐさまぶつかったのは人だと解った。
自分が絶対的ルートを確保するには鬼ごっこなら“鬼”つまり“敵”と“認識”していなければならない。
そのため、その“認識”から外れている者は気配を読めないわけで。
関係ない人にぶつかってしまったため、謝ろうとすれば腕を掴まれた。
誘拐か?!と顔を見上げれば、先程の翡翠色の瞳をした騎士がいた。
「ごめんなさ…あれ…さっきの、人?」
「捕まえれたな。私の勝ちだ。ノールのお嬢様。」
今まで十人を超える人数でも軽く逃げ続けられたってのに、今回はたった一人。
ルートを読まれた?そんなわけない。
走っているルートは全部勘。それに決まり切ったところは走らないためにそう簡単に捕まらない。
それに私が作るルートは絶対的な私のテリトリー。絶対的な力のひとつ。
その時の私はまるで風そのものにでもなったように捕まえることはできない。
そうだったのに、どうして?
ぐるぐる回っていると、ぐいっと腕を引っ張られる。
腕に伝わる感触はまさに“掴まれる感覚”に間違いない。
あぁ、負けたんだ。絶対無敗とも誇っていたのに。負けちゃったんだ。
「…戻りましょう。」
「帰りたくない。」
連れて帰るように命が下っているが、それを否定する。帰りたくない。
自分だって解りきった往生際が悪い性格はしてない。潔い方だ。寧ろ。
もう少しで日が傾く。
自分の許された、唯一の時間が終わりを告げようとする。
「だ、だったら…夕方まで匿ってくれない?そしたら素直に帰るから。」
自分のお遊び時間は夕方の日が沈む時間まで。
門限ってわけじゃないけど、それまでに捕まって家に戻されたら退屈な時間の始まりだから。
一日の最も楽しい時間だけは、潰れたくなかったというのが本音であって。
自分の唯一の楽しみでもある、お遊戯。ゲーム。
制限時間つきだけど、私を頼ませる条件も揃って十分だった。
「夕刻ならそれまでいるか?ちゃんと送り届けもする。」
本当は制限時間ギリギリまで遊びたかったけど、負けてしまったから“今回”は諦める。
それでも夕方までは外にいる。ということを許してくれるのは意外でもあった。
思わずぽかん、と表情で読まれるような顔をしてしまった。
下された指令は厳守。そして例外も許されない。そう思っていたから。
そして何より自分が持つ能力というか特技というか。
私は気配を読むこと。その気配は言葉でしかわからないものも“何となく”で理解できる。
いわば、“暗黙の了解”が多少範囲が広いものと捉えてもいい。
だから、人の親切心を騙す化けの皮とかも解ってしまう。
その類のものかとも思ったが、不思議とそんな気配はしなかった。
「ねぇ、そういや名前聞いてなかった。名前は?」
「シュヴァーン・オルトレイン。」
「シュヴァーンさん、ね。覚えておく。」
ぺこりと礼儀正しい会釈をするなんてなんて謙遜な方。
実の父親ですら騎士団の人間として認めなかったのを、彼だけはほんの少しだけ認められた…気がする。
自分自身はアバウトに生きているのだ。
今まで毛嫌いしていた騎士団なのに、この人だけは。何となく好きになれそうだった。
…本当に何となく。
「光栄です。お嬢さ、」
「そう呼ばないで。私はニコラ。」
そして、唯一自分から名を明かす際に。笑えた気がした。
鳥籠の遊戯
(ニコラ様は貴族出の割には…)
(そんな感じしない、って?なんか堅苦しくて好きじゃないのよ。)
(…そうですか。)
(あ、あと。穏便に済まさせてね?騎士団や親からの陰口はごめんだから。)
(…お望みのままに。)