Heart retrun

ふと、思い出すことがある。

騎士の鎧を外し、慣れた重さが外れれば身が軽くなる。
その際に、ちらりと見える己の左肩…魔導器に触れては思い出すことがある。



   *



『ずっと、一緒にいようね』
『そうだな、この戦いが終わったら一緒にいよう。』



叶えもしない約束。これだけが、死しても尚支えとなった。
しかし、戦争は残酷に無慈悲で。すべてを奪い去る。



自分は、“自分”を殺した。

叶えもしなかった夢に囚われたまま絶望を抱き、自ら死んだ。
なにせ、想いを持った人はもう“いなくなってしまった”から。

唯一の支えを失った柱に残るものは、崩壊。
自らの肌を切り裂き、致命的な急所に目掛け、血まみれになって体温を自ら捨てていく。

完全に冷たくなれば。意識は闇に沈んだ。


―――――私は闇に、捕まえ“られた”
――――私は闇に、身を委ね“られた”
―――私は闇に、心を奪わ“れられた”

身体を捨て、精神を破壊して心をなくす。
言い聞かせていれば。気が楽になるから。
心をぽっかり空ければ、楽になれるから。


目が覚めて、見覚えのない包帯をしゅるりと外せば己の心臓よりやや左に、刃物の跡がある。
心臓を刺せば確実に死ぬ。狙ったのに外れた。死にたかったのに、死ねなかった。
そして、左腕に機械的なものがはめこまれていた。

あの後に、緊急手術を受け、奇跡的助かったものの、利き腕である左腕の精神は死んでしまった。
それ故、左胸のやや肩よりに魔導器をはめ込んだらしい。

脳の信号は幸いに生きているため、腕に直接はめ込み、脳からの信号に反射できるようにした。
しかし左腕を酷使するわけにもいかないと、日々リハビリと訓練に徹した。

この世界に、生きていても何もない。この世界は、易々と死を選ばせてくれなかった。
神様は、なんて残酷なものをお望みなのだろうかと、呪うことも。



   *



時々呪いたくなるような出来事ではあるものの、今思えば生きることを望んでいたのかもしれない。
彼は彼自身が生きて帰ってこないことをしっていたのかもしれない。

だから。最後に言い残したのかもしれない。
それが本当の“最期”になることを――――――――――。

… 思い出したいことが、出てこなかった。なんて言ったのかも。
だめだ。ぐるぐる負に巻き込まれて記憶を呼び起こすどころか鬱になりそうだ。



「…訓練でもして風呂入って寝るか。」



そうだ。こうなったら一端無に還ろう。そう思えば即実行。稽古用の剣を持ち、いつもの訓練場に向かう。
毎日の日課だ。自分が左腕で剣を振るえないため、右利きでなんとかしようという密かな訓練。

今は鎧を外し軽く上を羽織っただけのインナー姿だが、誰もいないだろうと気にしなかった。
訓練場は所々明かりが見えるが、今は誰もいないし余り使う人もいないから丁度良いのだ。

使い慣れていないから右腕というのは少し厄介だ。
振り方も反対になる。基本生活なら利き腕でも問題はないのだが、戦いや訓練ものだとそうとはいかない。
強くなる必要もないのだけれど、私があの時彼とともに戦場に赴いていれば自分だけ生き残ることもなかった。

逝けるならば、彼と共に…。



「…誰かいるのか…?」
「!」



声がすれば思わず臨戦態勢。
とは言ったものの、今は緊急事態も何も起こっていないことだし何より静かだった。

静かな所だからこそ、この声は間違いなかったのかもしれない。
姿を見かければ、見覚えのある隊服に下ろされた髪が左目を覆う。
月明かりが幸いして彼が誰かであることを、すぐさま知る。



「こ、ここ…これはシュヴァーン隊長!夜分遅くお疲れ様です!」



只今騎士の恰好じゃなくて、思いっきり気が緩んだインナー姿なのが恥ずかしい!
と内心思いつつ、反射的に目を瞑っては敬礼をする。

幸い、自分の今いる位置が暗めな影の部分であって、インナー姿をお披露目しなかったのが幸いだ。



「…ニコラ。本当は左利きだろう?何故右で剣を振るう?」
「!?」



左利きです。とドンピシャ。
確かに右利きで過ごすのは剣を振るう時のみだ。他の私生活の大半は左を使用している。
なにせ、剣は唯でさえ重いためそんな軽々と使ってはならない。
剣を左で振ろうとすると魔導器の繋ぎ目に激痛が走るから。

どうやって誤魔化そうかとわたわたすると、スタスタと近づいてくる隊長。
そんな中、シュヴァーン隊長はそっと左肩に触れてきた。



「失礼。」
「…あ。」



グッと肩を掴まれても大した痛みは感じないが、自分はノースリーブに近いインナーである。
暗い中で訓練していても、肌に体温を感じない冷たい部分がある。



「左肩の…魔導器か?」
「…はい。」



『自殺したかったが、死ねなくてその代わりの罰のようなものです。』とは言えなかった。
余り“コレ”について知られるのもよろしくはなかったし、今まで肩あてのお陰で隠していた。

しかし、ばれてしまった。誰にも知られてはならない。



「あ、あ、あの…シュヴァーン隊長。こ、このことは…その、内密に…。」
「知られたくないことか?」

「っ、はい…。」



理由がまさか自殺。なんてことを口にできるはずもなく小さく頷けば、何も追求することはなかった。
そうか。と一言が聞こえると、ポン、と頭に手が置かれたのを感じた。



「無理して振ろうとするな。余計に負担がかかるぞ?」
「…も、申し訳…ありません。」



ぺこりと一言謝ってしまうと、置かれた手がスッと離れた。
そして何故かくるん。と後ろを向かされてしまい、そのまま右手に手が添われては、形になるようにされる。
訳が解らないままだが、右に左に。ひとつひとつを導くように置いていく。
『まさか、指南されている?』そう気付いた瞬間にどうすればいいか、今度こそ訳が解らずに彼の導きに素直に従っていた。

隊長直々に教えを貰うことは嬉しいことこの上ないことだが、後ろを向かされていることによってどうなっているかは知ることもなく。
更に身長差もあって声が上から直接聞こえてしまう。
実は以前から好意を抱いてたことがあったが、騎士の隊長と部下という関係故に殺していたのだが、それを思い出されるような展開に今は至っている。
実に、実に恥ずかしくなる。


緊張がどうしても殺しきれず、肩に余計な力が入る。
その度に『肩に力が入りすぎている』と肩を強く押されたりする。

おかしい。おかしい。おかしすぎる。

自分は心を捨てたはず。なのに、まるで恋を初めて“恋”と知ることが出来たように。
どきどきが、止まない。まるで血が熱くなったかのように頬を含めても身体が熱い。

本当に、影のある場所でよかった。
今の顔を見られたら、これこそ卒倒モノだ。






呼び戻る心
(お前は少し右で戦えるようにしないとな。暫くは訓練だ。)
(…はい。解りました。)
(あとニコラには暫く私が稽古をつけよう)
(…はい、解りまし…、え?)