平常心を壊される瞬間
“俺が、今までニコラをルドガーの幼馴染として見ていたと思ってたか?”
アナタのあの言葉に、ドキドキと鼓動が煩いのを感じる。
なんで、こうも、アナタに振り回されるのだろうと。
「ニコラ。」
「ッ…!あ…、ユリウス…兄さん…。」
アナタの家で、広いリビング。
少し前まではルドガーも一緒だったけど、買出しに行くからと駅まで出かけてしまった。
つまりは、私とアナタ・ユリウスと二人っきり。
…勿論、あの事が起こったことも二人しか知らないで。
「…ふふ、まだ言い慣れないか?」
「だって…小さい頃からそう呼んでた、から……。」
イタズラっぽく笑いながらぽんぽんと私を撫でる。
私は相変わらずアナタに振り回されてばかりだ。
恥ずかしくなっては、アナタに顔を見られないように背を向けた。
幼い頃より呼び続けていた呼び方になんの疑いを持つこともなく、
さも当たり前のように呼んでいた呼び名。
それを変えるだけでも時間は掛かるし、
何よりアナタを名前だけで呼ぶなんてまるでコイビト同士のソレみたいで。
「何今更なこと言ってんだ?ニコラは。」
「…ッ!!あ、あの…っ!」
「あぁ、本当小さいな…。」
後ろからぎゅうっと抱きしめられているのに気付けば、すっかり私は顔を真っ赤になってしまう。
だって、アナタと私じゃ全然体格差も違うのだから、アナタの力強い腕にドキドキしてしまう。
「…ゆ、ユリウス…兄さ、」
「兄さんは要らないぞ?」
「ッ!」
「早く、名前を呼んでくれないか?」
後ろから抱きしめられたままで、そっと耳打ちする声は酷く優しくて残酷だ。
既に私の脈はどくんどくんと早く打ち込んでは、このままでは心臓音に平常心を壊される。
ユリウス兄さんは判ってやってる。それだけは判った
今の私が顔を真っ赤にしてることも、名前を呼ぶ瞬間のドキドキさも。
「…っ、ゆ、ユリウス、さん……。」
「さんも要らないだろ?」
ぴしゃりと止められ、依然と後ろから抱きしめられたままで開放させてくれる様子もない。
気付けば私の肩に顎を乗せるようになるほど近くなっていた。
時々イタズラっぽく手が口元を覆わせて、指先で唇に触れるほどまでエスカレート。
ドキドキは止むどころか勢いを増していた。
「さ、早く呼ばないとこのままだぞ?」
「ず、ズルイ…ですよ、……ゆ、ッ、…ユリウス…。」
か細い。頼りなさそうな。消えそうな音で。
アナタの名前を漸く呼べた。
“ユリウス”と。
聞こえたかどうかは知らない。今はそれどころではないのだ。
顔を真っ赤にしては、平常心はすっかり己自身の心臓音でやられている。
「ニコラ。」
ただひとつの名前が、心臓音でかき消されかけていた気を取り戻す。
やっぱり、アナタの声で私の名前を呼んでくれるのは嬉しい。
「ッ…!」
「いい子だ。」
そっと囁かれては抱きしめていた腕を開放された。
もう、終わったのかと思っていたがその矢先にアナタによって肩を掴まれてくるんと反転。
気付けば、私の正面にアナタが居た。
そしてアナタはとても機嫌が良さそうに笑みを浮かべて。
「ご褒美を、あげようか。」
「……え?」
私が疑問を持たせるヒマも与えずに。アナタが顔を近づけて。
気付けば、唇に柔らかい感触が当たっていたのを、持ってかれた意識から数秒後に気付いた。
これが、私の心臓音を一気に煩くさせた。
平常心を壊される瞬間
(ちょッ?!な、な、なな…っ?!)
(可愛いな、ニコラは。顔真っ赤だぞ?)