一回くらいは、憧れるものだ。
そういうのくらいは、いいでしょ?
旅客ジルニトラの中で、いつもみたく銃の練習を終えればふらふらと。
別にアルクノアの一員とかじゃないけど、何でかこの場所は冷たくて落ち着く。
そんな中。尊敬なんだか恩人なんだかの彼がちらりと見えた。
だけど、今回はひとりではなくて、ふたり。
「あ‥。」
「グズグスするな、さっさと行くぞ。」
「はい、マスター。」
それは源霊匣(オリジン)と呼ばれる精霊だと前に訊いた。
ジランドさんに仕えている存在で、エレンピオス人では精霊術は扱えないため、それを使えるようにしたのだとか。
不思議なことはたくさんあるけど、今ニコラが一番気になるのはそこではなくて。
彼女がジランドさんに向けて言う『マスター』と云う言葉。
それがなんとなくカッコよく見えて羨ましく思えた。
なんだかんだで、その『マスター』の部屋の前まで来てしまったけど。
正直。どうしたらいいか解らない。
「『マスター』か‥。一回くらい呼びたいな‥‥。」
「何をしてやがる。ニコラ。」
いきなり自分以外の言葉が聞こえて、突発的だったためにその場で身体が飛び跳ねる。
慌てて振り返れば噂の『マスター』がいた。
「あ!わわっ、ジランドさん!いい、いつから‥?!」
「さっきから居ただろうが。」
ハァ、と盛大なため息を付いては不機嫌そうな顔をした。
ジランドさんとは不思議な縁だけど、彼の近くにいることは心地がいい。
(最初の第一印象どおりに、怖いイメージはあるけれど)
別に用事もなく‥ほんと成り行きで。
私は『マスター』の私室に入っては、ジランドさんの前で少し距離をおいた場所にいる。
ジランドさんは椅子にどっかりと座って机に肘をつき、凍てつくような目でこちらを睨んだ。
「‥で、何を考えていた。」
「いっ、いえ、ジランドさんが気にすることでは、」
「早く言え。」
多分このままだと銃器が飛びそうな剣幕だったため、あっさり折れて白状した。
そうすれば、またもや軽いため息かと思うが、いや嘲笑だ。
「‥‥ジランドさんの精霊が言う『マスター』が羨ましいなって。」
「ほう?」
どこか意外そうな。いや、面白いものを見つけたような笑みをジランドさんは浮かべた。
単純な、興味本位だった。マスター、って響きがいいなと思ってた。それなのに。
何でこんな展開になるのか。
「ならニコラは俺の道具になると?」
「!」
「そうなったらお望みが叶うんだぜ?」
「それ、は、その‥。」
道具、って人間に向けて実際言う物じゃないでしょ。
なんて思うけれど、彼をマスターと呼ぶには自らならなければならないという。
興味本位のだけとはいえ、結構大きい代償だった。
「くくく、冗談だ。だが一度だけ許してやるよ。」
「!」
珍しい事もあるものだ、と本当に思った。
最初は警戒していた…けれど。
「さぁ、どうした?」
「…‥ま、ま‥マスター‥。」
結局は私から折れてしまう。
いや、だってこんな不敵な笑みに滅法弱い私なんもの。
(いや、多分。ジランドさんだけだろうけど。)
念願叶って、涙が出そうとか色々耽っていたけど。
この後の展開に固まる。
「さて、ニコラ。」
「っ、は‥‥はい。」
「許可したからには何かひとつ寄越して貰おうか。」
頬杖して、こちらを見ていたがスッと立ち上がって距離を縮める。
思わず後退りすると距離を縮められての繰り返しに、やがて背後に壁。
横に逃げようとしたが、バンっと顔の横に手をあてて逃げ場を失った。
「!で、でも‥許して、くれるって‥!」
「あぁ、だが許可以外にしねぇなんて言わなかったぜ?」
完全に、乗せられた。
だからさっきから笑みが浮かべたままなんだ、と思う。
彼を『マスター』と呼ぶことには、それなり相応の代償が必要なのだ。
やっぱり、好奇心で突っ込みモノじゃないね。ほんとに。
イコール・コスト
(‥‥で、ジランドさんは何を望みですか?)
(そうだな‥、キスのひとつでも貰おうか)
(なっ、ななっ?!‥本気ですか!?)