黄昏時の約束


唯の気晴らしで現世に赴いただけ。
唯の気紛れで外を眺めていただけ。

それだけだったのに、偶然は偶然を重ねて。



地獄の世界は恐怖と苦痛だけの世界。そんな世界にいても退屈なだけだった。
だから、と。地獄に亀裂を作り現世に出たのは一人の男。

地獄の番人に見つかったら鎖で掴まれて即戻される。
そんなリスクを背負いつつ、黒布で左目以外を覆い隠しては現世に出た。
作った亀裂に結界を張り、瘴気が漏れないようにすれば軽く外を見渡した。


現世は黄昏時。赤い空がじわじわと暗い色に変わっていく最中だった。
その時、とある一室に目が入った。

ベランダ付きのアパートで、ベランダに出てはぼんやりと見つめていたひとりの少女。
いや、少女というには幼過ぎて。見た感じは18、19ぐらいの女性だった。

そんな彼女が、男の視線と重なる。
いや、その視線はまるで男をただ真っ直ぐに見ているようだ。



「…!」



男は気になって彼女の居た場所まで一瞬で飛んでみてみせた。
非常に短い時間で接近すると、彼女は驚いたような反応をした。
矢張り、見えているのかもしれないと思い更に近づいた。



「!!」



急接近なんて、地獄で鍛え上げられた力の一部だが、それでも彼女は解りやすい反応で驚いていた。
“人間ではありえない”そんな動きをしたにも拘わらず彼女は驚きはするものの怯えはしなかった。

寧ろ、凝視と言ってもいいほどに見ていた。



「……?」
「……あ?」



余りにまじまじと見てくるものだからと、男は思わず声を出してみた。
傍から見れば変わりものだとか変質者だというのに彼女は益々見つめていた。

そして、彼女は首を傾げながら言葉をやっと口にした。



「アナタ、幽霊さん?」
「まぁ…そんなところだ。霊感あんのか。」

「霊感?多分、かな。こんなにハッキリ見えるとは思わなかったけど。」
「いや、俺が見えてんなら相当ある方だけどな。」



恐らく会話まで出来るのだから相当だと返したが、彼女は特に感心せずにナチュラルに会話をする。
まるで、友達だとかそう言ったような話し方で、接し方だった。



「ふぅん…。で、幽霊さんは何でこんな所に?」

「ま、気晴らしだな。」
「気晴らしにって…幽霊さんはいつも此処に居る訳じゃないの?成仏したのに…戻ってきちゃった、とか?」
「そんな優しいもんじゃねェけどな。」



『そうなの?』なんて首を傾げて彼女は訊いた。
彼女に『地獄から来た』なんて話たらどんな反応をするのだろうか。
先程には無い“怯え”の感情は出るのだろうか。

それから些細な話をするも、俺にはそんなに長くこの場に留まる事は出来ない。
見つかる前に、戻らなければならない。
男は視線を彼女から亀裂を入れた場所へと移す。



「さて、そろそろ俺は戻らねェとな。」
「戻るって…?」

「あぁ、地獄にな。」
「地獄?」



さらりと言ったけど、彼女には益々首を傾げる他無かった。
地獄という言葉を聞いても、その世界をイメージがぼんやりとあって、
普通ならこの場所に戻ることなんて出来ないのでは?何て考えていたから。

それなのに彼は地獄から来た。
それが正しければ、彼の居た世界『地獄』とは一体どのような世界のだろうかと謎に包まれた。

しかし彼は戻ると話したのだから、きっとこれでさよならになるのだろう。
そう思っていた時、彼女は声に出していた。



「ねぇ、幽霊さん。名前は?私、水上白雅っていうの!」

「俺は幽霊さんじゃねェよ、白雅。俺はコクトーってんだ。」
「コクトーね!解った!」



コクトーと名乗った男はぽかんとしていたが、その後にニッと笑って名乗った。
それが嬉しくて彼女は笑顔を見せた。
地獄から来た、と話したにも関わらず対応は一切変わらない。

感情を隠している、とはまた違う。本心のような表情をして笑っていた。
その笑う姿から少し変わると、彼女はじっとコクトーを見つめた。



「コクトー…。また…会える?」
「たまになら来てやってもいいぜ?」

「ホント!?約束だからね。」
「あぁ、約束だ。」



ぱあっと明るくなった白雅。コロコロ変わる表情が何だか面白くて、コクトーはフッと笑った。
指きり、なんてことはしない代わりにポンポンと優しく白雅の頭を撫でる。
手のぬくもりみたいなものは感じなかったけど、優しさに似た何かを感じれた。

白雅は笑って手を振った。またね、と言葉を口にして。



「白雅、か。面白ェヤツに会っちまったな。」



自分は地獄から来た、と答えたにも拘わらず笑顔を見せた。
唯の天然なのかもしれないが、それでも面白い。

そう思ったコクトーは笑みを浮かべたまま亀裂の元まで戻り、地獄へと再び戻った。





黄昏時の約束
(その約束が叶うのは、今宵から近い日だった)