片割れ



堕ちろ、果ての向こうまで。
それが、例え底なし沼でも。



地獄とは自分が自分で居られなければ存在できない世界だと、彼は言う。
そしてそう言う人物は、先日の事件のこともあって、敵の存在は認識している。
だからこそか。地獄の番人以外に敵の存在も抱え込むのだとか。



「…ねぇ、コクトー、さん。」
「“さん”は要らねぇよ。」


彼の名前を呼んだのは初めてかもしれない。
名前は聞いてたけど、それを声にして言わなかっただけ。

些細な会話でくしゃりと大きな手で撫でられると、人の気配がした。否。此処では死人の気配か。
彼女は死人の気配なら、特に意識もしないのだが。

それが、敵ならば話は別。寧ろ敏感の類に入る。
敵、殺意。それを如何に察知し、己のそれを如何に隠すかが殺し屋の大事な事だから。



「………敵?」
「あぁ、敵だな。」



そう言いつつ視線をずらせば、見た記憶が朧気だったが。名前は知っている。
センターが朱蓮で。後の者たちは朱蓮の部下だ。
彼らはコクトーに利用されたということもあって、未だに執拗に追っかけている。

少なくとも、コクトーと一緒にいる私も。恐らく敵として認識されているだろう。


敵。その言葉を刻みつけられ、それの意味を十分に思い知った生前。
そして、私は何より。殺し屋一家ドール、白雅だ。



「…………………ねぇ。」
「あ?」

「………敵…だったら……皆殺ししても、イイ?」



彼女から余り聞くことがなかった物騒な言葉。
コクトーは少し驚いた表情を浮かべたが、面白そうにくつくつと笑いながら、此方を見た。

余程面白かったらしく、笑みを引きずりつつも瞳孔が少し開いていた。

少しずつ、もう一人の彼が現れているのだ。
それを見たのは二度目だが、間近で見たのは初めてだった。

それでも白雅は怯えもせず臆することもせず。何処か冷たく、まるで。
『人形』という言葉が皮肉にも十分に似合っていた。



「!…ククッ、面白ェ事言うんだな。白雅。」
「ある意味……私の。本能みたいなものだよ。」



そう言うな否や。今までせき止められた何かが爆発したように超スピードで向かった。

そして向かう間にいつの間にか、彼女から得物を手にしていた。
この地獄で得物を出すなんてことは初めてだった。
それでも彼女の表情は、何処か虚ろで、愉しげで。そして歌を歌う。

まるで地獄が、一つの舞台のように。


土塊をかけよう。
死体にかけよう。
冥福を唯祈ろう。

見るも無惨な姿 ぐちゃぐちゃになったものを、
無造作に刻みつけて、土に埋もれる死屍累々を、ただ朧気に見つめて。


だって、私は殺し屋人形。
幼き頃から、当たり前のようにしていた人殺し。

それを良しとしていたのだから、誰も咎める者なんて居ない。


『あぁ、でも。』


死人には意味はない。既に死人になったものが、二度も死人になる必要がない。
元から、死人。ならば、死人らしく。

安らぎを与えられぬ果てで、地獄の戦場で踊り狂えればいい。




此方が人数的には不利だったにもかかわらず、決着はあっという間だった。

元々殺し屋ドールで人殺しには何の躊躇もないよう教育された白雅。
そして、朱蓮たちが束になっても歯が立たないぐらい強いコクトー。

初めてこの二人は組んで戦ってみたが、どちらかが勝つなんて。予想がついた事だった。

部下たちはとっくに切り伏せられて息が絶えており、
唯一息が残っていた朱蓮は跪かれ、火だるまになりながらも踏みつけられていた。



「はははははっ!イイザマだな。なぁ?」



黒い刀で何度も切り刻みながらも、何度もぐりぐりと足蹴にする。

見た記憶がデジャヴに脳裏に重なる。前の大事件も、こうやって見ていたのを覚えている。
この豹変した姿も、いつもの姿も、どちらも彼自身だと彼自身はそう言っていた。

瞳孔は開ききり、ニタリと犬歯が笑みと共にちらりと見える。

それを少し離れたところで見つめ、彼なりのお楽しみを邪魔しないようにと、呆然と見つめていた。
悪趣味だって訳じゃない。
ただ、事終わったことに興味がないだけなのだ。



「…………。」
「さ、さっさと行くぞ。こんな所にグズグズしてっとまた復活しちまう。」



やっと息が耐えたようで、さも気にしていないような乱暴な足で火だるま諸共蹴り上げると、くるりと振り向いた。
その時の瞳は、いつもの状態で綺麗な紫色に戻っていた。

そう言ってこくりと頷き、その場からさっさと動いた。
両親の頭蓋骨があった砂漠が、もう遠くに感じてしまった。

でも。折角親の呪縛のようなものが離れたというのに。
奥底では相当植えつけられていたようだ。



今は上って、番人の墓場と花が水面に浮かぶ第二階層に居る。
此処は不気味なぐらい静かで、此処に居るのは白雅とコクトーだけだった。

音もないこの場所で、唯呆然と水面に顔を映すと、水面上で白雅の姿の後ろに人影が映った。
それが、誰かなんて言う必要もなく。この場にいる人物だ。

彼女はまた最初のような虚ろな目をしている。
白雅は自分のあのような姿を間近で見たから影響を受けたのかと思い、コクトーは彼女に問いかけた。



「……………。」
「怖かったか?」



そう訊かれると、すぐさま首を横に振った。すぐに振ったからか『そうか』とだけ返ってきた。
恐怖心はない。それは本当の話。

本性であろう先程の姿も、いつもの飄々とした姿も。
どちらも彼の本心であるために、怖さなんてものはない。

それに、知らないことならば。恐れることはない。
つまり。知らないことがなければ、恐怖心はない。



「“知らぬことは恐怖心を生む。ならば知らぬことを恐れるな”」

「…何のことだ。」
「……私が物心ついた頃から、親に言われた言葉。…あの時、私は……それが当たり前だって、思ってたから。」



彼女がこの世界に堕されるほどに堕ちた理由。
それは、一家の掟故に、最初から人の道を大きく外していたこと。

そして、その掟故に。生まれてから地獄の道から離れられなくなっていたということ。
彼女の家のこと故で、彼女自身は生まれてから死ぬまで。そして、今後も地獄の舞台を降りることは出来なくなったのだ。



「後悔してるか?」
「………してない。」


否定ではあるものの、少しの間はなんだ。と彼が再び問いかけると、白雅は振り向いた。
水面上で虚ろだった目は、少し鮮やかに戻っている。



「少なくとも……こうやってコクトーに会えたことは後悔してない。
寧ろ、よかった。って思ってる。」


あんな恐ろしいことをしていたとしても、こうして彼女が不器用な笑顔を浮かべると。
やっぱり人間として生まれていたのだと、改めてそれを知ることになっていた。






片割れの一輪花
(お前ェも随分恐ろしいことしてんだな。)
(……?………嫌いになった?)
(そんなことねぇよ。)