奪われた


夢を見た。ずっと。ずっとずっと奥にしまいこんでしまった夢。

幼い頃。奪われていたもの。実の両親から、奪われてたもの。
ぬくもりは知らず、愛情も知らず。知ったのは、冷たい銃器の感触と冷酷。

うんと、幼い頃。持っていなかったものを憧れていたことがある。
人間らしい、感情を。

遠い遠い、思い出の片隅。幼き頃の思い出は、それを当たり前のように貰っていた親子。もしくは兄弟?
そんなのはどうでもいい。だけど、違うのは。

冷たいか、温かいか。真反対で、大きな。差。


急に暗くなって、徐々に視界が明るくなる。
視界だけではなく、意識も。徐々に音まではっきりしていく。



「…ん…、う………。」
「目覚めたか?」



目を開ければ空は鈍色の空。曇天とはまた違う色。
それが一面に広がるのは、地獄の世界では何処でも見慣れた景色だった。



「此処、は……?」
「ここは第二階層だ。」



上だけではなく辺りをよく見れば、番人の墓場の端で眠っていたらしい。
端の下には蓮のような花があり、一面を毒水が広がっている。


「………眠って、いたの、か……?私、は……」
「此処のヤツらなら怯えて普通は寝ることすらしねェけどな。」
「……………そうか。」



きっとこの間に襲われはしなかったのは、眠ることをした私をコクトーが見ていてくれたからなのだろう。

そして。今更考える。
さっきコクトーの『“普通”なら』という言葉にズキンを内側を何かが刺さったからだ。
もし、生きていたのなら“普通”と呼ばれる行為は生きていくためにも、生理的にも必要なもの。
この辺は、幾ら人を殺している一家でも同じこと。

しかし、此処ではその“普通”は“普通”ではない。
人として生きていたことの何もかもを奪われ、永劫に攻められ続け。そして廃人に変える。
心を砕かれ、身すらも滅ぼして。結果としてはあの砂漠となる。

この世界は普通ではない。生前とは明らかに違う世界。知ってはいたが、急に切なく感じたのだ。
今更考え直す必要がなかったが、すぐさまに現実に戻そうと視界をコクトーに移した。



「………これから、どうする…。」
「そうだな…。」



そういうと、コクトーは空を見た。終わることのない、続くような空。
空の色は鮮やかさを失って生前の世界では当たり前のような色ではなかった。


この場所に堕されてからは、私たちには自由がない。
死ぬことも許されない。朽ちることは徹底的に止めることになる。

生きることも、心を持つことも。
苦しみから逃れることも。
逃れようとする意志さえも。

徹底的な自分の敗北を、心身に刻みつけられて。

前だったら、それを考えることすら。捨てていた。



そうでなくなったのは、家族以外の人間と接触したからなのかもしれない。
きっとそうだ。

きっと……―――――――――――――。



「……夢を見ていた。」



いきなり何を言い出したのか。自分でも判らなかった。
だけど、急に誰かに語りたかったのかもしれない。

この世界では恐らく“夢”を見ることすら止めてしまうのだろうと思うから。



「夢?」
「私が…、かつて………欲しがっていた、……夢だ。」



くだらない、とか一蹴されそうだったが。取り敢えず簡単に話した。
普通だったら、話さないこと。それでも、私は話したのだ。

自分の、奪われた思い出を。奪われた感覚を。



「白雅。」
「………何?」

「…お前ェは…。何回殺された?」
「…………2、3回ぐらいだと……思う。」



“思う”とは、よく言ったものだ。きっと。そんなに殺されてはいない。
何せ番人に喰われていたとしても、動きもせず怯えもせず。知らずうちに殺されていたのだから。

身体の痛みはあるけども、生きていた頃の痛みと大して変わらないから、特に気にはしていなかったわけなので。



「……ちゃんと、…覚える、ように、……したのは……コクトーに会ってからの、数…かな。」



誰とも接触しなかったが、彼に出会ってからは、ちゃんと記憶している。
誰も自分自身を認識するものがいなくなれば、覚える必要もなくなる。

そう思っていたから。
だから、この出会いは彼女自身の虚ろで空っぽなモノを埋めるためには必要なのかもしれない。



「ま、大事だよな。」
「…………コクトー?」



何故か急にぐしゃぐしゃと撫でられた。
急に撫でた理由はよく解らなかったが、相変わらずその大きな手は好きだった。

いつも、撫でてくれる大きな手。
生まれてからは恐らくなかった。もしくは忘れてしまったこと。
それを教えてくれた、または思い出してくれたのは、紛れもなく。



「…………ねぇ、コクトー。」
「…なんだ?」

「コクトーが…されて、………嬉しい、ことは…何……?」
「いきなりどうした、白雅?」



ぽかん、とした様子で彼は聞いた。
今まで自発的に何かをしようとか、何かをすることなんてなかったからか。
彼も驚いているし、自分もそれ以上に驚いている。



「………お礼に……ひとつ。何か、……って、思って。」



心、というものが出ている所為なのだろうか。
とても解らない。理解しようにも何処から自己分析をすればいいかわからない。

でも、この感覚は。機械的じゃないから。どうなることか解らなかった。
色んな表情を混ぜていると、ポンとまた頭を撫でられた。

ちらりと見ると、優しい眼差しで見下ろすコクトーがいた。



「そうだな…考えておくぜ。」



そう言ってニカッと笑う笑顔に、今までとは少し違う表情で。
戸惑いながらもその表情は、なんとなく好きになれそうだった。






奪われた一輪花
(…へ、変。だったか…?)
(いや?アンタにもそんな風に思うとは思わなかっただけだ。)
(………そっか。なら、考えてよね…?)