月夜影プレリュード

ぱらりぱらりと、静かに紙が擦れる音。
柔らかい月夜の光とお気に入りのオープンカフェでいつもの席。

今宵はふわり靡く風が、とても気持ちよかった。



「君、中々興味深いモノを持っているね?」
「アナタ…誰ですか?」



そんな時だった。
さらさらと短く流れ漆黒の髪と瞳が印象的なひとりの青年。
前髪を下ろして額には包帯。スーツ姿でいかにも好青年を感じさせた。

私はひとり読み耽ていた時に、声をかけられた。
最初はナンパかと思ったが、そんなこと最初は思い浮かばずにキョトンとしていた。



「何時も此処でその本を読んでいるよね。」

「!お気に入りですから。
私の祖父は本が好きで、家を書店に改造したくらいですから。」



なんでこの話を彼にしたのだろうか。
大して理由も判らないままだったが、この話しに興味を持ったからか男は第一声をあげた。



「だったら、その場所教えてくれない?」



にこりと笑う青年に思わずきょとんとしてしまった。
だけど、話を聞けば本を読むことは好きとのことで意気投合してしまって。

結論をあげれば、書店と化していた家に案内してしまった。
(まぁ、今はひとりで暮らしてるし‥大丈夫よね)


入れば彼は興味津々の様子で、本棚に並べられた本を吟味するかのようになぞっては見ていた。

一冊一冊を壊れ物でも扱うかのようにして本を開く。
もう彼は彼の世界に入ったとすぐに判れば、私は本をまた開いて続きを読む。

暫く時間が経つと、視線がこちらに向いたと判り彼に視線をまた移した。



「中々面白い物が多いね。」
「ふふっ、でしたら幾つか気に入っている本を差し上げますよ。」

「本当かい?」



『えぇ』と微笑んで返せば、どこか嬉しそうな表情を浮かべた。
(あぁ、ホントに本が好きなんだなと思って嬉しい。)



「だったら…。」
「?」

「君の持っているそれがいいな。」



彼が指を差した先は、私が持っている本。
(あ…だけど、コレばかりは…。)



「コレはちょっと‥。祖父から戴いた大切な本ですから。」



やんわり断った。その、ハズだった。
ニッコリと笑みを浮かべた青年は、さらりととんでもないことを言い放つ。



「でも、俺は諦めるつもりは無いよ。」
「え…?」



さわやかな好青年をイメージさせる表情に、一瞬影が差す。
トン、と気づけば本棚がない壁に追い込まれて逃げ場を失う。

それに気づいたときには、あの、漆黒の目がぶつかっていた。



「手に入らないものは奪う。と言ったらどうする?」
「えっと…そ、その…。」



どうする?と返されて困惑する。
吸い込まれそうな漆黒の瞳。優しく心地よいテノールの声。
その裏には、何か大きくて見えない真っ黒い何かを孕んでいたように思えて。

その“正体”が何かと気づいてしまうと、戻れない。そんな気がした。
思わずきゅっと目を瞑ると、暫くしてポンポンと頭を撫でられた。



「くくっ、少しからかい過ぎたかな?」
「ッ…も、もう…!」



ズルい人。
おふざけだったはずなのに、変に意識してしまって。

この時には既に始まっていたのだろうか。
“既に囚われている”と、まだ知らなかったから。


空高く月明かりが窓を差して、彼の影は黒く伸びていた。
それを、呆然と私は見つめていた。





月夜影プレリュード
(多分、これが始まりだったんだ)