月夜で死人は残酷に息をする

世界に願い事を伝えるなら、呪いを唱えただろう。
祝福の言葉はいらない。

それほどこの世界は、最初から破綻していた。



「終わったんですね。……あ、まだ生きてる。」



命がまだ、繋がっていると己の心臓に触れる。

普段は光も届かない静寂の地下が、先ほどまで荒々しい音を立てていた。
吹っ飛ばされる音、激しい剣戟。だが、それは血生臭さに満ちて静寂となった。

辛うじて受け身を取り、戦闘不能にまで持ち込まれていたが幸い命までは取られなかった。
たぶん、命を取らないことを見抜かれていたのだと思う。


しばらく意識は朦朧としていたが響き渡る笑い声で意識を取り戻すと、バラバラにされた瞬間だった。
その光景に目を奪われた。

あたりを見渡せば立っているものはなく他の刺客も地面に突っ伏していた。

あっという間の夜の時間だったが、ボクにとってはかけがえのない時間だった。

自身に生まれた感覚は一目惚れのような暴力を孕む、恋に似たような焦がれだった。
そして決めた。ここでマリオネットの生涯を終わらせようと。



「…ボクは、この時を待ってました。」



ゆらり、と立ち上がっては、道化師のような仮面を自ら外す。
偽りの顔ではなく、自身を晒しだす。
そして、面倒だからとだぼだぼした衣装も脱ぎ捨てた。

身を隠すものがなくなったからか、軽くなった体でふわりと飛んで二人のもとに駆け寄る。



「まだやるのか?」
「その必要はありませんよ“最強さん”。」



紺色の着物を着た男は最強さん、だと52と呼ばれた男が声をかけていた。
52は嘗てのここの出身だったとドンパチする直前に知った。

かつてこの世界から抜け出して、再び舞い戻った。情報を得るためにたった二人で仕掛けた。
その姿に、眩暈がするほどに焦がれた。


自らの能力で先ほどまで纏っていた衣服と屍となったモノに火を投げる。
めらめらと無慈悲にも燃えていき、やがて灰になる。

ボクがすることははっきり言えば裏切りの行為だ。
おそらく集から抜けたのなら人間として生きることはできなくなるだろう。

でも、この地獄を抜け出すのは今しかないと思っていた。



「お前……正気か?」
「影の人間に自由はない。個の概念はないからだ。集の束縛をされている以上自由はない。」



でも、ボクは人になりたかった。とだけ告げた。
くすりとほほ笑んだ。
少し気味が悪い笑みだったかもしれない。でも、久々に笑顔になれたなんて実感する。



「感謝致します。あなたたちのお陰で、ボクは人になれる。」



たぶん、そう。生きてマリオネットで朽ちるより、
意思をもって死地へと赴く死人でありたかったのかもしれない。

希望とか絶望とかじゃなくて、自分で選んだ道で歩みを進めたかっただけなのかもしれなくて。



「お前も真実を知りてェのか?」
「真実……うん。そうだね、最初から色々と詰んでいたのは、薄々気づいていたから。」



真実を死人が知ってもいいでしょう。と軽口を叩く。
それを愉快そうに元同郷の男は歪んで笑みを浮かべる。



「お前のことはなんて呼んだらいい?ここだとまともな呼ばれ方をしてねぇだろ?」
「…うん、そうだね……。なんでもいいけど、リンって呼んでほしいかな。」



遠い遠い記憶の、本当にかすれたような記憶。
リンの名前だけは忘れてはいけないと己の心に刻んでいた。

名前を持っているなんて知られたら、何されるかわかったものじゃない。



「…で、なんでリンは聖陽の影を裏切った?」
「裏切った…というより、殺してくれたからそのお礼よ。」



ふわりと、柔らかく笑いかけた。
それは花に優しく撫でる風のように、優しく。



「本当はボクが潰したかったけど、殺してくれたからそのお礼です。」



昏い血だまりを歩くより、風の撫でる道を歩きたかった。
太陽のように強い光ではなく、優しく残酷な月の光を照らされたかった。




月夜で死人は残酷に息をする
(お前もあいつに?)
(正直、ボクが殺したくて堪らなかったんだけど……貴方のことはなんて呼んだらいい?)
(取りあえずジョーカーって呼べよ。)