泡沫の夢の果てで君を待つ

此所は何処だ?
現実にしては、自棄に現実感がない。

見慣れた景色でもない、ただの暗い路地裏。
そんな暗闇のなかに、彼はいた。



『‥‥‥君は、誰?』



目の前にいたのはひとりの少年。
だが見慣れた紫水晶の目を持つ男の子だった。

紫水晶の目をした男といえば、居候している住み家にいるがあの男はこんなに若くない。
何よりないはずの左目がある。

名前を問いかけるにしても少年は返事をしない。
軽く首を振っただけだ。
答えたくない、ということなのだろうか。

でも、ここのワタシは彼のことを少しでも知りたかったしい。
再度問いかけた。



『ねえ、君は、』



少しでも心に触れたくて手を伸ばすも、すぅと水に溶けるようにすれ違う。
もし此所が夢であるなら、せめて名前くらいは訊きたかったなと思う。
夢ならば醒めてしまえば二度と会えないだろう。

そもそも、彼に会える保証などないはずなのに、不思議なことに会えない実感はなかった。
なんでだろう、と思ったところで遠くから声が聞こえる。

その声に引かれて、振り向いた。
振り向いたが最後、目の前に景色が消失した。



 *



目が覚めればそこは見慣れた天井。
見慣れた、ごちゃっとした寝室。

おい、と寝起きからかやや低めの声で声がかかる。
その声の主・ジョーカーに向けて首を動かせば、イタズラっぽくトントンと頬をつつく。

ボクは夢を見ていたのだと、時間をかけて気付いた。



「おーい、起きたか?リン。」
「起きてるよ。」



妙なリアルさを覚えたが、あれは本当に、夢‥‥?
少し思考がこのまま夢で処理をするのをためらう。

なにか、忘れてはいけないことを思い出させたような‥‥‥。



「おい、リン。」
「なに?ゴハンならもう少し待って‥。」

「なんで、泣いてんだ?」



『えっ?』と声をあげて指先で目元に触れるとつぅ、と目尻に流れる涙に気付いた。
泣くにしても理由がない。涙を流した理由に皆目見当がつかない。

涙なら、いつもは悪夢を思い出して‥‥‥‥悪夢?

そういえば、悪夢を見なくなった。
そうだ。いつもは呪いのようにまとわりついていた悪夢を、あれから見ていない気がする。
強いて言うなら、悪夢をみなくなったかわりの夢。


少年が出る夢。先ほどの無言のままの少年。

なにかを訴えることもなにかを告げようともしない。
だけど、至極悲しそうにみるあの紫水晶の瞳が忘れられない。

見慣れた、紫水晶の瞳。



「‥‥‥‥。」
「‥おい、リン。どうし、た‥‥。」



なんでだろうか。ボクにもわからない。
理由なんてなかったが、気付けばボクからジョーカーを抱き締めていた。
こうなるとは思ってもないジョーカーは、目を丸くしたような顔をしていた。



「リン?」
「‥‥えっ?!」



なんでか、抱き締めなくてはならないと思った。
理由については皆目見当がつかない。

それにも関わらず、目の前にいる彼を抱き締めなくてはならないと感じたのだ。

紫水晶の目を持つ、彼(ら)に。

ますます混乱していて咄嗟に離れようとしたが、逆に腰に腕を回されては更に密着する。
今は離してくれ。なんでこうなったか分からないんだ。



「い、いやっ!べ、別に、なんで‥?」
「ひとり勝手に混乱してんなよ。」



なんで寄りにもよってこの男を抱き締めたのかもわからない。
夢の出来事になにか関係があるのか、まだその答えは未だにわからない。

悪夢を見ない代わりに見たのは、暗闇のなかで紫水晶の少年だけ。
彼と邂逅すれば、判るのかもしれない。

まるで一夜限りの、泡沫の夢。





泡沫の夢の果てで君を待つ
(夢で見た‥‥あの子は‥‥。)
(なぁ、リン。もう一回しちゃくれねェか?)
(調子に乗らないで。)