魔法が解けるまで傷ついた夜を忘れていて

悪夢から逃れた。あの場所から抜け出した。
それは心底ほっとはするけど、たまに不意に飲み込むほどの闇が襲い掛かる。

それは突然魔法が解けるかのように。
砂糖が熱に触れてゆっくりと溶かされるように。



『今夜は出かけるから大人しくしてろよ?』



ジョーカーはそう言って外出していった。
珍しく、今日はボクひとりで眠るのかと改めて思った。

いや、もう夜を怖がる子供でもないし明日に備えて眠ることだって問題ない。
ただ、今日は久しぶりに一人で眠るのか、とは思った。


寝室ですぅ、っと瞼を閉じで意識を闇の中に沈める。
真っ暗で、意識も遠のかせて、眠りに落ちる。
いつもだったら、何事もなく朝を迎えて目が覚めるだろう。

だが、今夜は違っていた。


“おもいだして しまったから”


嘗ての弱い自分のトラウマ。
そのトラウマの所為で自身がいかに藻掻いて苦しんでいたことを。

闇に身を落としてまで、捧げたというのに。
傷は癒えるどころか深くまで突き刺さっていた。

その傷というのはそう簡単に修正できるものでもないらしく、
時間が経てば解決できると思っていた。

それでも、一人になった夜はとてつもなく恐ろしく感じることがある。

つい最近までは集団だったのに、抜け出したから?
いや違う。
抜け出せたから自由になれると思っていたのが誤りだった?

何故そうなったのかと思い出そうとするが、必死に思い出さないようにと拒絶する。
それでも、と掘り起こしたら、冷や汗と絶望感で目が覚めた。



「‥‥‥ッ!!」



寝間着が染みるまでびっしょりと汗をかいていたことに驚きが隠せない。
トラウマの傷。
少し気持ち悪くて一度起き上がっては再度シャワー室に向かった。

汗をかいてしまったから、一度洗い流した。
シャワーの音に心を落ち着かせながらそっと独り言ちる。



「嫌な夢‥‥‥。あ‥そっか。」



今はあいつは居ないからか。
そういや、夜は一人になるからなんて言ってたっけ。

あいつが『俺がいないからって寂しがるなよ?』とにやにやして笑っていたが、
『誰が寂しがるか』って一蹴してたっけ。

数時間前の話だったのに、何であの言葉がよぎったのだろうか。
寂しくない、わけじゃない。


でも、一人になると時折影がちらつく。

あの時、何を思い出そうとした?と記憶を掘ろうとするとひどく拒絶する。
その拒絶にカタカタと体が震えた。

怖い怖い怖い。なんでこんなにもろくなってしまったの。
人として生きようとしたからなの?
訳が分からなくて、体の震えも止まらない。

ああ畜生。ボクはまだ心があの場所に囚われたままなんだ。


折角シャワーを浴び直してきたというのに、心がちっとも落ち着かない。
ごろん、とベッドの中に転がってシーツを頭からかぶって早く眠りについてしまえと必死に心で唱えた。

それに反比例するかのようにどんどんと覚醒してしまって、眠る気配が一向に訪れない。
こんなに弱虫じゃなかったはずなのに、悔しくて堪らなかった。



「早く帰って来いよ。バカ。」



ほろりと涙がこぼれた。

傷つく夜が手招きして呼び出す。それがなんと苦痛に満ちていたことなのか。
ボク自身が地獄に身を投じていたのは知っていたけども、
よりにもよって追わなくてもいい傷まで追っていたなんて。


眠れなくて震えていると、声がした。
いつもなら消している明かりをつけっぱなしにしていたからである。



「おいおい、リン。まだ寝てなかったのか?」
「!‥‥ジョーカー‥‥。」



シーツを剥がされれば、少し渇いた涙の痕がある。
それを知ってか知らずか、男はじっとボク自身を見つめていた。

何とか声を出そうとするが、恐怖からか声が少し上ずった。



「‥‥ん?あぁ。そうか。」



男はニヤリと笑っては唐突に腕を掴んで引いては抱きしめる。
それに思わず声を上げたが男は、そっと渇いた目じりを指で触れる。



「っ!別にお前を待っていたなんて、そんなこと…ッ!?」

「何泣きそうな顔してんだ、お前。」
「!!うっさいっ!泣きそうな顔なんてしてる訳、」



咄嗟のことで隠そうとしたが、今度は後頭部を押さえつけては唇に熱が振れる。
思わず驚いて離れようとしたが、何度もついばむように口づけ、更に密着させていく。

離れろ、といっても離してくれることなく男が満足するまで貪られた。



「ッ、ふ‥‥ぁ‥はぁ‥‥ッ!なに、して‥‥。」
「馬鹿野郎。誰がやったと思ってんだ。」



男の言葉とともにぎゅっとさらに抱きしめる力が強くなる。
その一連の行動にすべて察しては、ほろりと涙がまた零れた。

抱きしめられて、遠くで胸を打つ音がする。
その音の持ち主が、ボク自身の悪夢を振り払ったというのに。

まだその影に時折怯えるボクがいる。
この世界にいないってことはずっと前から分かっているのに、積年の恨みの闇はそう簡単に払ってはくれないらしい。

でも、不思議と体温が少し低い男の鼓動が大変心地よい。
その鼓動に誘われるがままに、ボクは眠りへと落ちていった。

ボクを縛る悪夢を、思い出さないようにと願いながら。





魔法が解けるまで傷ついた夜を忘れていて
(‥‥にしても、アンタに情けない顔見られたのが迂闊だった。)
(お前の情けねェ面はベッドの上でさんざん見てるから今更だろ?)
(バカっ!!)