さようなら、ボクのハッピーエンド。
さようなら、夢をみたエンディング。
昨日の夜で、ボクは確信をした。
自分自身はただの夢を見ていたのかもしれない。
こんなことあってはならないのに。
ボク自身は、死人だった。それなのに死人が弱くなるなんてありえないことだ。
時がとまっている死人が、どうして自身を弱い存在と認識してしまったの?
思い出したから?いや、違う。ボクはこの場所にいるべきではなかっただけだ。
ボクは聖陽の影だったもの。
あの場所は地獄そのものだったのに、どうして。
どうして。外に出たことでこんなに弱くなってしまったの?
弱くなったなら、ボクの価値観が壊れてしまう。
‥‥そうだ。死人に戻ればいいんだ。
そうすれば、またすべて元に戻る。
ボクはまた音もなく死人に戻る。弱いボクに落ちたのなら、また死ななくては。
そう考えれば、自然とひとつの思考の終着点に辿り着く。
ボクは再び死人に戻るために、闇へと溶けていった。
*
ジョーカーのいた基地から抜け出して、もう数日も経った。
『世話になった。ボクのことは忘れてくれ。』と置手紙だけを残して。
雨が止まない。ざあざあとノイズが鳴り響く。
時折悪夢のノイズも混じるが、気にしないふりして息をする。
さて、この後どうしようか。
聖陽の影にはもう戻れないし、かといってあの場所にはもう戻れない。
ならば、空き家を利用して生活するしかないか。
出来るだけ人と関わらない生活を送って‥それから‥‥。
それから、何をしようか。
「探したぜ、”舞姫”。」
「‥‥!」
思考が止まる。
それは理由も行先も告げていなかった男が、そこにいたから。
知らないふりをしなければ。
早くここから追い出さなければ。ボク…いや、ワタシ‥‥アタシは‥‥。
アタシの世界のために、死人にならなければ。
「よくもまあ、ンなところに居たな?やっと見つけたぜ?」
「‥なに。アタシはあなたのこと知らないんだけど。舞姫、って誰の事?」
振り向きざまに正面に男は立つ。
一瞬で距離を詰めてきたこと、驚いて声を少し引く。
ざり、とアスファルトを擦る。
「‥っ!?」
「反応速度が落ちたな。今までのお前ならこれくらいは反応できてただろ?」
"やめて。思い出させないで。もう関わらないで。"
ずきりと頭痛がする。
ざりざりとノイズが砂嵐となって脳内で騒がしくする。
忘れろ、忘れろ。思い出すな。
「だから、何の用なの。」
「聞きたいことがあンだよ。」
「‥‥アタシ忙しいの。用があるなら手短にしてくれない?」
"お願い、早くボクの元から消えてくれないか。"
"思い出させないで、また足元から地獄が再び訪れてしまう。"
脳内でびきびきと割れそうな音かする。
これ以上聞いてしまえば、頭が割れてしまう。
喧しい頭痛よ、止まってくれ。頼むから。
「相変わらず嘘が下手だな、お前は。」
「‥っ!さっきからなにをっ!」
「言い当てて当ててやろうか?”舞姫”。お前が消えた理由。」
"もう、思い出させないで。"
"ボクはもう戻れない。手を引かないで。"
"あの恐怖を思い出させないで。"
びきびきと鳴り響く頭痛を押さえなければならない。
『元凶を止めろ』と囁いている。
それには『殺してしまえ』と告げた。
ボクは聖陽の影。命を奪う側のものだ。
ぶちん、と喧しい音を絶つように切れた。
考えるのをやめた。
そうだ。ボクは命を奪うものである。シンプルな答えだった。
『仇するものは、消してしまえ。』この選択肢しかないんだって。
「おい、‥‥っ!」
「仇するなら、消えて貰います。」
反射的に忍ばせていた暗器を取り出して刃を向けた。
お願いだから、こんな形でコロシアイなんてしたくないよ。
ボクは弱くない。奪うなら奪い返してやる。
悪夢のノイズを消すためには、殺さなくてはならない。
「忘れてねェか?」
そう闇からの声が聞こえて、ふぅと燻らせる煙の匂いがする。
炎がトランプの形を象っては軽く暗器を弾き返す。
遠距離武器が聞かないとわかれば、ナイフを手に取り再び刃を向ける。
戦闘の牽制の仕合から、零度の空気が流れる。
「そういや、お前とゲームするのは初めてだったな?付き合って貰おうか。なァ?」
ぞわり、と殺意が背中を突き刺す。
あぁ、これはあの地下で感じた殺気だ。
ついこの間の出来事なのに、とても懐かしく感じる。
こうなればどちらかが屍になるしかない。と決め込んで。
戦闘はほんの数秒間続いた。でも、決着の未来が見えてしまった。
苛烈にボクは攻め立てている。それにも関わらず、なんでボクの手をこうもいなされるの。
以前とあんたの命まで届く気配がない。
流石だね。52。いや、ジョーカー。
ボクだって強かったんだよ。
憎しみを、絶望を、殺意を刃に込めて。
何度も何度も何度も何度も殺めていたんだよ。
この憎しみを、絶望を、殺意の向ける先がなくなってしまったから生きる意味を失った。
本当なら、あの場で出ることを望んじゃいけなかったんだ。
アンタはボクに殺されない。だから、ボクを殺してくれ。
そうすれば、すべてが終わる。楽にさせてくれ。
すべての暗器をはたき落とされて、胸ぐらを掴むかのように距離を詰めた。
無力化された。本気でコロシアイをしたんだ。命を無惨に奪うだろう。そうとわかれば、安堵感を覚えたのに以前と安心しきれないのはなぜだろうか。
理由は簡単だ。この男は、ボクを殺す気なんて最初からないのだ。
「理由は単純なことだ。お前は人間に近くなっていることにビビって逃げた。そうだろ?」
「‥ボクは死人、」
そういって、言葉を止めるかのように口づけを落とす。
無理やり押さえ込んで言葉を飲み込むのはこの男の得意技なのに、何で反抗できないの。
「違ェな。お前はちゃんと息をしているだろ?」
そういって、ぎゅっと引き寄せては抱き締める。
互いの鼓動が、服越しに小さく鳴っているのがわかる。
この音が、とても安心できる。
先ほどの割れるようなノイズもさっぱりと途絶えていた。
すとん、と力が抜けた。
触れられる感覚はいつもの少し体温が低いぬくもり。
「それに、お前の命を貰ったのは俺だ。勝手に逃げるなよ。」
「‥‥じょ、」
口を塞ぐように何度も口づけて、また抱き締める力を強くする。
コイツはいつもいつもいつも自分勝手だ。
勝手に生きる意味を与えて、自分勝手にボクで遊ぶし。
本当に自分勝手なやつで、大嫌いで大好きなやつだ。
「戻って来いよ。」
「‥‥これ、口説き落としたつもり?」
ふぅ、と煙でハートの形を作ってはニヤリと笑みを浮かべて『勿論』と告げた。
なんか、無性にイラっとしては軽く平手打ちした。
「15点。」
「ツレねェな。まぁ、そういうとこも、俺好みだけどな?」
「‥‥‥は?好み?」
今?なんていった?
最後の言葉、もう一度いえよって言ったら
『お前からキスしたら言ってやるよ。』という。
調子に乗るな、ともう一度平手打ち。
気付けば、雨は上がっていた。月がとても美しく照らしていた。
さらば遠回りの絶望的エンド
(‥さて、勝手に逃げだした罰を与えねェとな?)
(はっ!?何でそうなるの…!!)
(当たり前だろ?たっぷり可愛がってやるよ。)