名無しの感情に名づけるならソレを幸せと云う

全く、ないわけじゃない。
闇がすべて払われたとしても、まったく綺麗になったわけではない。

ずっと孤独の中で暗闇の中に居続けていたとしても、その中で一縷の光を持ち続けていた。
だが、その光すらも闇に奪われそうになっていて、時折飲み込もうとする。


今まではその冷たい感覚に慣れ切ってはいたものの、こうして誰かがいることにじんわりと温かく感じる。
しかし、その温かさでふと思い出してしまうことがある。
静かにぬくもりを奪う、残酷で昏い冷たさを。

もうあの昏さと冷たさに身を投じたりはしないと願っている。今もこれからも。
だが残念なことに、その感覚を逃れる術を知らない。

彼と、出会うまでは。



「あ、あの‥‥‥ジョーカー‥‥。」
「ん?なんだ、リン。」

「‥‥‥いや、何でもない。」



ぶるっと体が震えた。じんわりと冷たくなるあの感覚を、またかと思い出す。
思わず視界に入っていた彼に声をかけるも、変な意地なのかわからないものがその先を遮る。

冷たさから逃れたいとき、なんていえばいいんだろう。
その言葉をどうすればいいのだろう。


こちらの意図を知ってか知らずか、唐突にずしりと肩に重さが乗っかる。
その重さの正体は、一緒にあったぬくもりですぐにわかった。



「‥‥‥ねぇ、ジョーカー。何してんの?」
「何って、見りゃわかんだろ?」



にやりと笑みを浮かべては、後ろからゆっくりと手を伸びてはきゅっと引き寄せては抱きしめる。
傍から見れば後ろからハグをされている。

振り向いたが最後、男は後ろに立っては急に抱き寄せたのだ。
それに反応できずに、思わず咄嗟に言葉が飛び出る。

油断するとすぐこれだというのに、なんで抵抗できないのだろう。



「‥‥あの、離れてくれない?」
「まァ、そうつれないことを言うなよ。」



ふわりとたばこの煙のにおいがする。
この男と抱きしめると、必ず染みついているにおいまで一緒についてくる。

タバコのにおいは苦手なのに、男にとってはアイデンティティなのか一切妥協はしない。
(今更だと思うから諦めてはいるけども。)



「人肌恋しいってヤツだ。少し付き合ってくれよ?」



彼からそう言われてしまえば、おいそれと断ることはなぜかできなかった。
ここでセクハラでもしてくれば、鉄拳制裁なりで容赦なく突き飛ばすだろう。
でも今回は珍しく、そんなことをしなかった。

ただ、今は後ろから抱きしめてきただけ。
人肌恋しいなんて言うから、不思議と寒い震えも止まっていた。
でも、そのまま大人しくしているのも癪だったから、許す代わりに可愛げのない悪態はついた。



「‥‥‥少しだけ、だからね。」



か細い返答に、男はにやりを笑みを浮かべる。
そのままぎゅっと抱きしめられて、冷たい感覚が気づけばなくなっていた。

男の言葉に乗せられるように、大人しくなっていた。
あんなに触れられることが嫌だったはずなのに、今はむしろ心地よい。


こうしてくれることが、うれしい。
それを口にして言えるのはもう少し先の事だろう。

後ろからぎゅっと抱きしめられると共にふわりと香る煙のにおい。
ボクは不思議とそれが心地よかった。


男は知っていた。
彼女が、あの昏く冷たい地獄で、一回りも二回りも小さい体で耐えていたことを。
抱きしめれば、すっぽりと収まるような小さく細い体であの場所に。

地獄に身を置いていたのは自身も同じではあるが、彼女にとっては本当の意味での解放はまだされていない。
払いきられていない彼女の悪夢への開放に、少しでも力になれれば‥‥と思っていたのだろうか。
それともその感情は、ただのエゴだろうか。

だが、少し不格好で一方的な願望に見えたそれは決して彼だけのためではなかった。
その感情の名前をお互いはまだ知らない。





名無しの感情に名づけるならソレを幸せと云う
((‥‥ちいせェ、細ェ。))
(なんか、言った?)
(何も?)