日常的に癖になっていたから、言われることなんてなかった。
でも、関係性が変われば話が別、だということもある。
いつものように詰所での仕事も済ませて帰ろうとしたとき。
とうとう指摘されてしまったのだ。
誰に?それは、目の前にいる男。相模屋紺炉に。
「なぁ、陽。一つ聞いていいか?」
「はい、何でしょうか?」
「どうして若には“紅のダンナ”で、俺は“相模屋のダンナ”なんだ?」
「…………え?」
指摘されて、思考がとまった。どうして、と申されても。
軽く息をつきつつもあなたはこちらをじっと見据える。
「ずっと気にはなってたんだ。
俺たちの関係にも関わらず、未だにそう呼ぶこともねェだろ?」
「そ、それは………デスね………。」
なんていったらいいんだろう。そりゃ、俗にいう恋仲なのでいうのが自然だろう。
彼も私のことを名前で呼ぶようになった。
ならば、私も同様にいうことが自然ではある。
自然では、あるのだが………。
言い淀むと、紺炉は軽く息をつきつつも少し声色が低くなった。
ぞくり、とした感覚が背中を伝う。
「………呼べねェ、からか?」
「!そ、そういう、わけじゃ…。」
「なら、俺を納得させる返事を聞かせてもらおうじゃねェか。なァ?陽。」
がっしりと肩を掴まれ、もう回避は不可避だった。
掴む手の力は幾らか力がこもっているので、少し痛いくらいだ。
(あぁああ…どうしよう。なんか、怒ってる……?)
長い沈黙を破ったのは、私だ。
「……っ、だから、……です。」
「もう一度。」
「ッ、だから………。」
これは、最後まで言い切らないと終わらないと思った。
半端な声色ではかき消されるし、変な誤解を生みかねない。
変な誤解を生んだままでは、確実に拗れる未来は確定だ。
今後のために今の自身を犠牲にせよと言い聞かせた。
もう、どうにでもなれと。
「相模屋さんのことがずっと好きすぎて名前呼べないからです!!」
何度目かの一世一代の告白。好きだってことは、ずっとずっと伝えていた。
お互い名前で呼べたらよかったのだが、言おうとすると急に体が固まってしまって思うように動かない。
感情を向けようとするも、まっすぐに吐き出すことにどうも緊張をしてしまう。
(なんか、何度か玉砕しているような気がするぞ‥‥。)
「………。」
「……………。」
「……おい。」
「ッ!!で、では…私、行きますね…ッ!」
沈黙が余りに痛すぎて、恥ずかしさのあまりに逃げ出した。
駆けようと足を向けようとするも、腕を掴まれた。
勿論、掴んだのは紺炉である。
「……あ、あの…手を離してくれませんか…。」
「ンなこというなよ。陽。」
少し安堵したような息遣いで、そのまま腕を引き寄せられる。
驚いてつい「ひゃぅう」と思わず声を漏らすと小さく笑った。
(あぁ…その笑いかける姿に私自身も惚れてしまったというのに。)
「俺のことを嫌ってたわけじゃねェんだな?」
「っ!あ、当たり前ですっ!わ、私…ずっと…ッ。」
「お前さんが俺だけに夢中だってことがわかりゃ、それで十分だ。」
正面からぎゅっと抱きしめられるだけで、緊張のあまりに呼吸を忘れそうだ。
まだ、愛しい彼の名前を呼ぶのには時間がかかりそうではある。
特別な愛しい感情の示し方
(あ、あの…相模屋の、)
(その呼び方もお前さんらしいが、俺をしては伴侶には名前で呼んでほしいところだが?)
(!?は、は、は、はん、りょ……!!?)