頃合いだったのだと思う。私自身、迷いはなかった。
少し苦しいけど、決めた。
草薙陽が姿を消した。
*
姿を消した、というより見かけなくなって数日たった。
「最近陽が来てねェな。」
毎日どこかしらで姿をみていたのに、ここ最近は彼女の姿が見かけない。
他のやつらに聞いたところで、詰所に彼女が訪ねたなど、聞いていなかった。
あいつのことだ。他の男に心が移った…とは思いたくもないが、
姿を見かけない理由が思いつかない。
配達のたびに浅草の町を巡るから、誰かしらあっているはずだが、
誰も丸1日以上も会えないと逆に不安になる。
店に顔を出しても2、3日は彼女の休暇だったらしく、本人にも会えてないと返答があった。
あの、仕事一筋なあいつがどこに行ったのやら。自室にも戻っていないようだった。
もし、あいつが他の男のところにいったら?と違和感の感情が溢れる。
いつもいつも一挙一動で表情が変わる姿を見ていないだけで、こうも穴が開くのかといった気分になる。
あいつの、陽の顔が、見たかった。何事もないようにまた笑う顔が見たい。
*
彼女が消えてから丸3日。
その不安定な日常は、突然に終わりを告げる。
唐突に霧のように消えたその噂の彼女が、突然詰所に押し掛けたからである。
「御免ください、相模屋のダンナは居ませんか!」
唐突に訪ねてきた。勿論飛び入り。いや、いつものことなんだけど。
軽快な声でごめんください、と言って。
「陽!今までどこに…。」
「え?連続でお休みをいただけましたので…ずっと工房で泊まり込みしてました。」
へらっと柔らかく笑うが、なんで、彼はこうも溜息をついたのだろう。
(私が数日開けていただけで、こんな顔をするんだ…。)
でも、彼の前から少しの間姿を消していたのはちゃんと理由がある。
「それなら、そうだと、」
「えっと…ですね。……今、お時間いいですか?」
彼が何か言いたげで何か物申しそうではあったが、ぐっと白状をするのは堪えて質問で返す。
そういって、軽くため息をつかれた。
近くの椅子に腰かけると手持ちの小さめの袋から取り出した。
取り出したものは、小さめの器であった。
「で、最近顔を出さなかった理由は?」
「……これを、相模屋のダンナに渡したくて。」
そういって渡したものは、ひとつの甘味。
渡したものは餡蜜をひとつ。
「私のお手製です。見た目も味もだいぶ頑張ったので、大丈夫だと思いますが。」
「……。」
「………相模屋のダンナ?」
「お前さんは……。」
盛大に溜息をついたと思いきや、ぐしゃぐしゃと髪を乱す勢いで乱される。
あまりに突然だったことにも驚いてしまった。
そんなに心配、させてしまったのかと。今更ながら罪悪感がよぎった。
「何で今まで黙ってたんだ。」
「え、っと…それは……驚かせたかったんです。」
え、っと…?なんか怒ってる…?いつもの調子とは少し違う。
たぶん、何も言わずに消えたことが相当響いてしまったのだろう。なんて少し考える。
理由はいくつかあったのだが、驚かせたかったんだと思う。
驚かして、少しでも喜んでほしくて。
「好きなものだってお聞きしたので、美味しいものにさせたくて……。
……練習、しました…。」
最後はこれでもかってくらいにか細く告げた。
練習するために会うのをやめていたなんて、理由になるだろうか。
約束の為といったら大袈裟かもしれないが、私なりの精いっぱいの理由だった。
……あれ?なんであなたは沈黙をしているの?
沈黙が耐えきれなくなって、思わず声をかけてしまった。
これは、謝るべきだったのだろうか。
「…あ、あの…相模屋のダンナ、も、もし怒っていたら…わわっ!?」
ぎゅうっと不意打ちに抱きつけられたことで思考が全部すっ飛んだ。
こんなにも、ぎゅっと力強く抱きしめられたことなんてないから反応に困る。
私だって、会いたかった。
でも半端なものは渡せない心持ちだったから、籠もってまで続けた。
あれでもない、これでもないと唸らせながら試行錯誤を幾度と繰り返し。
ひとつの決断のために時間は掛かってしまったけど、
彼が何も言わずに、抱きしめてくれたことは一つの答えととらえてもいいのだろうか。
「私、相模屋の……紺炉さんに、喜んでほしかったんです。」
「それは分かった。だが余り心配させるなよ。」
小さく、ごめんなさいと笑いかける。
貴方のためにしたことだったんだけど、極論過ぎたのかもしれない。
でも私自身は仕事一筋だから。
器用に恋に仕事にってできなかった私なりの答えなの。
不器用に生きる人なりの恩返し
(ン、美味いな。)
(!よかったぁ…っ。余りみっともないもの出せないから時間かかっちゃって…。)
(お前さんが俺のために作ってくれたんだ。ちゃんと応えねェとな?)
(……ありがとう、ございます。)