荒っぽい仕事は、この職業柄どうしても起こり得ること。
それくらいなら、どうとでもなる。
だが問題は、普段の思考なら思いつかない予想外の出来事については、回避しようがないものだ。
相変わらず激務に追われているというのに、まさかの実力行使案件まで降りかかるとは。
一応一般人な分類なんですけど?と愚痴りたくもなるが、致し方無しに制圧の加勢に向かうこととなった。
今日はつくづく厄日だなんてため息をついて、そのまま仕事をこなした。
「はぁ……疲れた。」
体がどっと疲れた感覚が重くのしかかる。
少しして問題なく任務をこなすと、多少傷は負ったとはいえこれくらいなら手慣れたもの。
ただ……どういう理由であれ、他者を傷つけるこの瞬間は未だに慣れはしない。
周りでは甘いだの手ぬるいだの言われるだろうけど。
それでも人間らしさを失わないから良いのか悪いのか。
少なくとも、自分が異常な感覚で麻痺しないようにしなければ。
自分自身を見失わないために。
「………ああ、もう!こんな湿っぽいのはヤメヤメ。さっさと帰って……。」
「お疲れ様です。セナさん。」
………はぁ。
今日1番のため息が出る。またこうして出会すことになるなんて。
私が明らかに迷惑そうな顔をしたところで、白い帽子をゆっくりと外してニコリと微笑んだ。
(うん……、すごく殴りたいその笑顔。)
こちらは仕事で慣れない荒事でただでさえ疲れてるのに。
本当にストーカーしているんじゃないかと思わせるほどタイミングが恐ろしく良い。
はぁ、と何度目かのため息をつくと彼は何かに気づいたのかすっと近寄った。
…が、私が視線を外したために一瞬動いたことに気づかずに、距離を詰められたと気づいた時には指先が頬に触れていた。
「おや、血が。」
「ん?…でも、これくらいは掠り傷程度で…。」
後で簡単に絆創膏でも貼っておこうとしたが、彼の指先には微かに血が付着する。
錬成陣が刻まれた白い肌の指先に、赤い血が妙に映える。
「いけませんね?セナさん。」
「は……っ?なに、を……!!?」
今、何をされた……?
ぬるりとした感触とじんわりした熱に、頬の血を舐められたのだとすぐに理解するのに少し時間がかかった。
それほどまでに、異常だと気づいたからだ。
ちろりと厚めの舌で舐め取ってはくすりと笑いかける。
指先にも就いた血を舌を覗かせて舐めあげる仕草に、艶めかしさすら思わせてクラクラしそう。
「ふふ……貴女の血は……いえ、肌も甘いですね。」
「馬鹿なこと言わないでください。」
この男は本当に何を考えているのかまったくわからない。
危険人物なのは十分に理解はしていたが、それだけではまだ足りなかったようだ。
幾らなんでも……仲間内に対してこんな警戒しなければならないのなと身体が震える。
部下だっているだろうに、なぜ直接関わらない相手にここまで迫られるのか理解できなかった。
(そもそも、直属でもない、ただ気に入っているからという理由には釣り合わなさすぎる……!)
「本当に……あなたが私に執着する理由がわからない!」
「おや、わかりませんか。」
すぅ、っと目を伏せてはまるで睨まれたように視線を注がれる。
彼の目線一つでも嫌な予感がして、無意識裏に後ずざりをしていた。
……が、それでも詰められて、気づけばトンと背後には壁であったことに気づくも更に詰められる。
相手から見れば私は獲物なのだろうなんて内心思うが口には出さない。
手が顎に触れるほどに距離を詰められてしまい、脳内では一刻も早く離れろと警鐘が鳴り響く。
早く、離れたい。それなのに男はあくまでも微笑むだけ。
「いけませんね、貴女は隙が多すぎる。
これでは好きにしてと言っているようなものですよ?」
「ちょ……っ!」
男はニコニコと微笑みつつも、するりと私の手に触れてはそのまま取られると指を絡める。
まるで恋人繋ぎのようなそれに呆気にとられてしまうが、この状況ではとても甘い雰囲気にもなれない。
この場をどうするか必死に考えているとすぅっと更に距離を詰められ、耳許に吐息がかかる。
反射的な声すらも必死に飲み込むので手一杯だ。
「私はね、貴女を形成する全てを所有したいのですよ。」
「………は?」
今この男は何といった?全てを所有したい?何を?
言葉の真意が理解のキャパシティを超えてパンク寸前だ。
頭の中が真っ白になる中で、ようやく理解したがやっぱり到底理解が及ばない。
どう足掻いても飲み込みきれなくてようやく振り絞って発せた言葉が、悪態混じりしかできないのが悔しい。
「ヘンタイここに極まれり……か。」
「褒め言葉として受け取っておきますよ。」
「これのどこがそう聞こえるんですか。」
男の底が全く見えずに恐怖を感じてしまい、小刻みにカタカタと震える体をよそに、至極嬉しそうに男は微笑む。
するりと指を滑らせて、再度切れた傷に口付けを落とす。
その指先はやがて、頬を伝って唇に触れる。
「あなたの甘い血液も、柔らかい身体も、そして……心も。」
つうっと指先で唇をなぞり、舌をちろりとまた覗かせた。
同時に鋭い視線に射抜かれ、思わず体が強張ってしまう。
この男の異常さに改めて常識は通用しないのだと思い知る。
弄ばれるような感覚に、私自身が持つ平常心がまともに反応しなくて麻痺してしまいそうになる。
その隙をまた男は付け狙い、唇に微かに熱が帯びた。
「ちゃんと、私のもとに来てくださいね。セナさん?」
擽るように低く甘く囁く言葉は悪魔の囁き、とも取れた。
何度でも言おう。この男は、大変危険であると。
赤の一雫すらも奪われる
(ほんっっとさいってい!!)
(おや、また奪ってほしいのですか?意外にも欲しがりですね?)