ZERO centi
急に今居る世界。そして、この世界での忘れ物。
自分の、かつての世界に置き忘れていた ただひとつの 名残の物。
あの時。何処から出てきたのか結局聞きそびれた、私のカバン。
中には楽譜・無地の紙・ペンケース。
最初はガサガサと乱雑に探していたが、まだ何か入っているかと思ったのだ。
そしてアレコレ捜索していると、カバンの中には、お気に入りもあった。
「…あー…!」
それはチョーカー。
チョーカー自体は赤いベルト仕様となってるが、そのチョーカーには黒いチェーンがついているのだ。
このデザインがお気に入りで、かつての世界ではこつこつ貯めて購入したのだ。
こちらの世界に飛ばされてからは戻り方も解らないので諦めていたのだが、カバンの中に入ってて奇跡だ。と思った。
本当に良かった。と思う。
試しに早速付けてみた。うん。大丈夫。壊れてもないしピッタリだ。
鏡を覗き込んでみれば、首に巻かれている赤いチョーカーと黒いチェーン。。
(あぁ、あのコロが懐かしい。)
「何をしている。ノア。」
先程まで誰も居なかったのに急に声がしたため、慌てて振り向いた。
ベッドに腰を掛け、ベッドの脇にあるテーブルにサングラスと帽子を置いて。
「ま、また不法侵入ですか…。」
「何を今更。」
この…仮にも(というと内心寂しい物もあるが)
女性である自分の許可なしに勝手に(与えられた)私室に入るのは如何な物なのか。
仮にこの男に不法侵入で訴える事ができるなら 何度出来るだろうか。
「…で。何をしているんですか。」
「随分面白いものをしているな。」
面白いもの、というのは何のことだろうか。
指をさした先を見れば、首に巻かれているチョーカー。
「え?コレ…?」
自分の確認のための問いかけをしたが、それに答えることはしなかった。
そしてそのまま接近し、気付けば目の前に居た。距離も近い。
思わず離れようとしたが、肩を掴まれ引き寄せた。
「ちょっと…何して、」
「クク…安心しろ。ほんの、戯れだ。」
そういって、風呂上りの少し濡れた髪に触れ、口付けを落としていった。
髪に触れた指はするりと頬を撫で、そのまま輪郭をなぞって、顎に触れる。
更にその下。アクセサリーとしてのチョーカー…の鎖に手を掛けた。
その鎖を引っ張れば、自然をノアが引かれるのは当然のこと。
そして、その鎖が引っ張られた事によって自然に二人の距離が縮まるのも 当然のこと。
「あ、あの…近いのですけど…。」
「そうだろうな…。」
今は数十センチ。相当近い。今は片手に鎖を絡ませ。片手に顎を掴まれて。
もしも、だ。またくいって引かれたらキスしてしまいそうな距離。
もう十センチあったら辛うじて踏ん張れる気もするが、問題はその鎖に繋がっているのは彼女・ノアの首。
元々チョーカー仕様とはいえ、下手をすれば首ごと持って行かれそうな不安も少しばかりあるからだ。
(…まぁ、アーカードは私がどんな反応するかなんてお見通しだし…大丈夫よね。)
にたりとあの笑みを浮かべて、真紅の瞳がじっくりと此方を見つめていく。
こうなったら、最後。
まるで媚薬のように甘美で危険が孕む麻薬。
その麻薬に囚われてしまった哀れな中毒者にただ呑まれてしまうのだ。
その間にまた鎖を引っ張られて。そのまま…ゆっくりと縮められる距離。
五センチ、四センチ。三センチ、二センチ、一センチ。
そして。
ZERO centi
(ま、また…。今度はがっつり持ってかれた…!)
(クク…そろそろ慣れたらどうだ。キスのひとつやふたつ)
(な…!慣れるはず無いでしょ!)