理性とは、本能を隠すものだ。
だが、本能が時に上回るコトだってある。
場所は第十三階層都市カグツチのとある路地裏。
そんな中。きゅるる、と空腹。
そういえば、最近まともな食事をしてなかったな、なんてことを思い出しながら歩いていた。
そもそも、人間の三大欲求のひとつだ。
そのひとつの空腹が充たされていない事は即ち精神にも影響を及ぼす。
「てめぇがヒスイ=ジハードだな?」
「…何の用ですか。私の首でも狙いに?」
路地裏にいる私の周りには、殺気が多数。
だが、こんなものは殺気とは言わないと思った。
差し詰め、私の賞金額狙いにでもきたチンピラ共だろう。
だけど、そんなことは如何でもいい。
ヒスイ=ジハードは、今何よりも優先しなければならないことがある。
それなのに足止めされては、ストレスがいつキレてもおかしくなかった。
それを必死に止めようと、顔を俯いた。
「なんだ?もう降参か、そりゃそうだな!こう人数がいりゃ、」
「あのさ。私。今すっごい機嫌悪いんだけど。」
はぁ、と。ヒスイ=ジハードはため息を付いて、俯いた顔を上げた。
顔を上げれば、空腹が限界を既に一線超えた。そんでもって、キレた。
無論、空腹を長引かせている相手に殺意が芽生えるのは、無理もない話しだ。
「手加減してあげるから。とっとと消えて。
―アンフェア Unfair―。」
一瞬にして、その場をしゃがみ回りこんで、足に引っ掛けるようにして絡んできたチンピラたちを一蹴。
無論反応しきれず崩れてしまう。
ほぼ同時に懐からカードと少々大きめのショットガンを取り出しては、一発ずつ銃声を響かせる。
勿論脳天目掛けて打ち込んでいたが、血は流れることなくその場に這い蹲った。
ぎしぎしと地面を抉るように、相手は埋め込まれていく。
「な…ッ?!」
「これは重力系だから私の範囲から出なければ解けないから。
死にはしないよ。多分。じゃあ、サヨナラ。」
手を適当にひらひらと振ってはそのまま凜とした姿勢でその場を後にした。
まさに一方的だった。
しかし、更に深いところまで入ってしまえばその姿勢は呆気なく崩れ去る。
「…どうしよ…お腹空いた…もう、無理……。」
どさりと裏路地に座り込んではそのまま、死んだように倒れこんだ。
ぎゅるる、と凄まじい空腹音を立てて。
ヒスイはそのまま目を閉じ、やがて意識も沈めた。
―――― 暫くして。声が聞こえた。
その声に反応するように、ヒスイの埋もれた意識をゆっくり起き上がらせる。
「…おい、起きろ。」
あれ。寝ていたから見つかっちゃったのかな。
相手は…誰だろうか。目がはっきりしなくておぼろげだ。
このまま機構の人間か咎追いとかだったらどうしよう。
私、死亡フラグじゃないの。
ゴン、と頭に何かぶつかって、漸く意識が取り戻した。
視界に入ったのは、赤と白だった。
「…だ、れ?……機構?咎追い?…それとも私を殺しに?」
「どれも外れだ、馬鹿が。」
ぶっきら棒な、口の悪い言葉。声からすれば男だ。
だけどコトンと置かれた皿と、そこからそそられる匂いに再び目が覚めた。
「…何、これ……?」
「ハラ減ってんだろ。さっさと食え。」
男から許可の言葉を聞いた直後、ヒスイはがっつくようにして差し出された料理を掻っ込んだ。
ほかほかの料理。すっごい久々。
それらの味わいは後回しに、唯々食欲を充たしていった。
「はぐ、むぐむぐ…ん、…う、うまーッ!」
「そりゃよかったな。」
フッとぶっきらぼうな彼が軽く笑い、見られたときは少し恥ずかしくなった。
だが、理性云々は食欲を充たしてから、と自らに納得させて食事を続けた。
あっという間に皿の上はなくなり、ぷは、と軽く息を吐いた。
ヒスイは、漸く今の状態を改めて見直した。
現在の場所は、どこかの部屋のようで。
一人用なのか少々狭い。というか、此処は宿屋のようだった。
そして、気になったのは恐らく私を此処に運んではご飯を出してくれた赤と白の彼だ。
真っ赤なジャケットに、白髪。
年は私よりは年上だが若い。二十代前半か半ばかくらいだ。
(あれ、彼…何処かで…。)
「…ところで、アナタ…誰?」
「そういや、名乗ってなかったな。俺はラグナ。」
何処かで見た覚えが…と思っていたが、名前を聞いてハッとする。
もしかすれば、手配書の彼かもしれない。と頭の片隅で思ったから。
「ラグナ…。あ、あの“ラグナ=ザ=ブラッドエッジ”?」
「あぁ、そうだ。」
幻聴を聞いているのかと思って目をぱちくりさせて、ヒスイは『本当に?』と返してしまった。
そしたら『嘘吐く理由があるか、馬鹿が。』と一蹴された。
だって、SS級犯罪者に助けられたの?私?って思ったから。
(いや、私も一応追われてる側だけど。)
これが、彼。ラグナ=ザ=ブラッドエッジに出会った日である。
理性は後回しに
(そういえば…なんで、助けたの?)
(あんなに空腹の音を鳴らして餓死しかかってるヤツ放っとけるか。)
(…そんなに、酷かったんですか…。)