哀しき喜劇のアリア
それは、もう 私にとっては朧気な記憶の片隅だけれども。
あの時の感動は 忘れはしない。
夜中。仕事から終えた私は報告のためにホテルの一室に居た。
勿論、部屋は予め用意された場所で。
まだ報告すべき人が居なかったため、今はひとりではあるが。
夜景をなんとなく覗くと、あの夜を思い出す。
初めて、ジンに出会ったあの夜。
あの夜は当時は苦い苦い思い出でもあったのだけれど。
そして、窓に映る夜景を見ながら、無意識に歌を歌った。
あの、私が好きだった 歌の一つ。
「カンタータか…?來。」
「あ、幹部様。お疲れ様です。」
ドアノブが回って聞き覚えの声がすると振り向くと、彼が居た。
流石と言うか…色んな専門的な知識を持っている彼が、音楽まで知っていたのには驚いたが。
にっこりと笑いながら、ジンの所を向いてぽつりと、言う。
何となく、今は自分のことが語りたくなったから。
「ジン。昔私はね、人々が感動する歌姫に憧れていたの。」
私がまだうんと小さかった頃、初めて舞台を見た。
人々が大勢居て、余りにも凄かった舞台。
そして、大舞台の中で、たったひとりで立つ歌姫、アリア。
昔は、あの魅了する歌と姿勢に 惚れたものだ。
だけども、人の生き様なんて飛んだ世界には入れなくて。
幼い夢を忘れ、時間に終われ、唯の情報を扱う会社員としてなってしまった。
それが…あの時に、会社から裏切られて棄てられた
その生きる為の手段を奪われたのと思うと、胸が苦しんだ。
―――その時だった。彼に…ジンに出会ったのは。
私のパソコンの技術を見込んで、この組織に入った。
でも本当はうっかり取り引き現場を見てしまったことがきっかけだった、
それにより、追われて監禁され、命と引き換えに働くことになったのだが…。
でも今は。彼、ジンが居たから 今の私が居たのだと 感謝出来る。
そうでなければ、もっとしょうもない人生を歩んでいたのかもしれない。
今は…もう、その夢は叶うことは無いのでしょうけれどね。
と、小さく微笑して言う。
今はこうして裏の仕事をしていて、国際からも危険視されている。
だが、この危険視は…一般人では耳には入らなくて。
闇に生き、闇に死ぬ。それが、私たちの組織だった。
「クッ、ならば…てめぇが俺たちのアリアになれば良い。」
闇を駈け、全てを魅了し堕としてゆける歌姫として…。
光という白を闇の黒で塗り潰してしまうように。
一瞬だけの火の匂いと煙草の匂いにクスりと微笑んで。
お礼ではないけれど、頬に触れるだけのキスを。
その返しで返ってきたモノが、契約とも似たような ものであるように。
哀しき喜劇のアリア
(光を浴びれないのなら、闇を支配するアリアとなろう)