愛人契約

私はこの男に対する感情はなにもなかった。
ただ、ひとつの契約の名のもとに縛られているだけ。

そこに感情など通るはずもなく、また関係に属する感情も何もなかった。

愛人契約、と言えばわかりやすいだろう。
互いの欲しがる快楽と開放感だけのためだけの契約。

そこに感情が伴ってしまったらすぐに契約解除となる。
私も最初はそれでいいと思っていたし、この男ははっきり言ってしまえば好みじゃないがセックスだけは最高だっただけでその契約を呑んだ。
男もそこは思ったらしく、「お前のことははっきり言えば体だけが好みだ」とも言われた。
その点に関してはお互い様だろう。

何を考えているかわからない、覗いてしまえば戻れなくなるような錯覚にさえ陥ってしまうあの真っ黒な目。
そして、初めて見た笑顔が大変胡散臭いともいえて、私は警戒した。
実際、このことは男自身も気づいているようで私の前では安っぽい笑顔は一切しなかった。

週に数回、いつものようにホテルに潜り込んで、お互いすっきりしたらその場でバイバイ。
愛してるの言葉も、好きの感情もそこには一切なく、ただお互いの快楽のためだけの契約だ。

この契約に感情はない、ただの体が欲しがる欲望で、そこに私の感情は属していない。

それだけだったのに。


「今夜、いつもの場所に来い。」


いつものようにそっけないメッセージがスマートフォンの画面に表示される。
言われるがままに呼ばれては向かう。都合のいい女、とも取れる行動だろう。
実際私自身もそう思っている。

ただ一つ違っていたのは、求められたのは体ではなかった。
この日は別にセックスを求められることもなく、たった一言だけ。


「もう、終わりにするか。」


それを聞いて私は、もうこうして会うこともなくなるのか、と思っていた。
心が痛まない、といったらウソにはなるが契約だ。

お互いどちらかに「好き」の感情があったらそこで終わりだと、何よりこの男自身がそう言ったのだ。
おそらくだが、好みではないといった男のことを、多少なりとも好いてしまった私が元凶だろう。

言われてから気づく。失ってから気づく。
とはいったが好みではない男の言いなりになり、最後は捨てられる。
あぁ、契約なんだから仕方ないと自分に言い聞かせた。
そう思い込んでしまったら涙が出そうだ。


だが、予想外な結果がおきた。

私の左手をとって薬指に口づけをして、そのまま腕の中に私を捉える。
血迷ったのかと思っていたが、男はあの胡散臭い笑みを浮かべることなく、言葉を詰まらせて私自身を抱きしめた。

この男は、いつもそうやって心をかき乱す。
そのずるいところが、大嫌いで、愛しいと思ってしまったのだ。

愛人契約は感情を伴わない。
その契約のはじまりもおわりも、告げたのはこの男だった。



愛人契約