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いつもの朝がくる。
いつものように仕事をして、いつものように依頼の書類を淡々とこなす。

一言でいえば私自身の役割はここの庶務であり、何事もないように淡々とこなすのが庶務の役目だ。
庶務の仕事自体は至ってシンプルで刺激も少なく退屈な環境だが、個々の会社は給料がいいという理由で勤めている。
俗にいうここはブラック企業の類ではないので、ちゃんと帰れる時には帰れるし、休みたいときには休める。

ここの会社はかなり給料がよく待遇に関しても文句なしだが、我慢ポイントはある。


『あ、まだ帰らないですか?センパイ。』


その理由は至ってシンプル。それは同僚が少々厄介であることだ。
入社してあまり大差ない後輩を小ばかにするのだから正直言ってかかわりたくない部類に入る。
仕事はできるらしい、と聞いてはいるがおそらく私自身についてはたぶん快く思ってはいないだろう。


「お気遣いなく。今は繁忙期ですので、これくらいは問題ありません。
それよりも…宇佐美さん。私のことをそう呼ぶのはやめていただけませんか。」

『なんだっていいじゃないですか。それくらいのこと。』


私はあくまでも、あくまでも穏やかに諭すも、まるで先輩を先輩とも思わないようなその口ぶり。
この男の名前は宇佐美。

私より前にいた社員に聞いたところ、元々別の部署の人間らしい。
上司の鶴見さんが直々にここに配属したものとかなんとか。
直々に配属したなら致し方がないが、この人を小ばかにしたような言動だけは何とかしてほしいものだ。

だが、こんないち庶務の私が文句を言ったところで無意味だろう。
トップが直々に配属したから、たぶん無理なんだろうと思う。
(なんやかんやいって仕事はできる後輩なのだから。)


『多忙なのはわかりますけど、その書類。明日の午前中まで対応できれば問題ないですよね?』
「私のことは気にせずに。」


真面目ですねぇ、と聞こえた気がするがそれを聞き流すように、
パソコンをカタカタと打ちながら作業を止めることなく進める。
確かに彼の言う通りだ。この書類については明日に作業を始めても問題なく終わる。
それくらいはあらかじめ予告されていた情報だったし、
下準備も済ませていたから明日の朝一に始めれば問題なく処理できる。

確かに、宇佐美の言う通りだ。
この書類ぐらいなら、明日から始めても十分に間に合うし、
イレギュラーな事案でもなんでもないのでものの15分あれば終わる。


『我慢しなくていいんですよ。残業したところで意味ないですし、たまには早く帰ったらいかがですか?』


最近お疲れでしょう?と問いかけるその声は不気味に優しかった。
(いや、そういったら失礼なのかもしれないが実際そう直感したのだから仕方ない。)

……。確かに、その点も宇佐美の言う通りなのだ。
ここ最近イレギュラー案件が一気に複数飛び込んでしまって数時間の残業コース確定だった。ここ数日間。
(それでも宇佐美はしれっと定時通り帰っていったけど。)


「………。」


だが、この言葉に素直に頷けなかった理由は別にある。
単純な話だ。私はどこかでこの後輩にどこか未知数な恐怖を抱いている。
いや、恐怖と呼ぶのは少しおかしいかもしれないが、それに似た何かを潜在的に抱いているのだ。
ソレに初対面のころから感じてはいたが、その正体については何も知らないままだ。

その正体も、それを私に向ける理由も、知らないまま。

そんな理由からか少なくとも宇佐美が帰るまで仕事を続行しようかと思っていたが、
ほぼ強制終了されてしまいなんでか一緒に会社を後にした。
スマートに仕事をこなすかと思いきや、こういう時は我が強いのだろうと思った。
(こればかりは少し意外を感じたが、猫を被っていたのか…と改めてそう感じた。)

少しはこの厄介な後輩のことを知ろうと努めてみたものの、どうしてものらりくらりとかわされてしまう。
別に好いている人でもあるまいし、誰かに好意を抱いているわけでもない。
ただ、今仕事が恋人というのだけは勘弁したいだけだ。


『好いている人でもいるんですか?センパイ。』
「…ッ、あのね…!私のことはちゃんと…ッ。」


宇佐美はとことん私を怒らせたのか。と一瞬思った。
いつもならあしらうが、ここ最近は仕事のストレスも少しあった。
更にはセクハラとも取れかねない発言に我ながらかちんときた。

職場なら争いごとに発展しかねないので耐えるが今は退社したあと。
流石に見過ごせないと思ってあなたの振り向けば
吸い込まれるような目で見下ろされる光景に少し恐怖した。


『気づかないんですか?』


その目に恐怖したわけでもなく、臆したわけでもなく。
未知数な感情を向けられていることに震えただけなのに。


『――――――――。』


男はそうクスリと笑った。
不意打ち過ぎる状況に目が点になった。
状況が飲み込めない、が正しいだろう。

この男に一瞬でも期待した私がバカだった。
くすくすと面白い玩具を見たかのように笑うのだ。


『でも、僕はセンパイのそういうところは嫌いじゃありませんから。』
「…ッ!後輩のくせに…ッ、生意気ですよ。」

『素敵な口説き文句でなくてすみませんね?』


そう男は少し不気味に笑って、私の手を引いた。
本当なら反撃してやりたい。
そう思うのだが、あの言葉の意味が分かってしまったから、強気には出れなかったんだけど。

仄かに熱くなった頬を隠すように、マフラーでそっと隠した。

(彼の言葉じゃ一度じゃわからない。)
(あなたの言葉は一度きりの口説き文句のつもりだろうけど。)
(それは不意打ちからの殺し文句)
(カラクリがわかりづらいのが困りもの。)
(だからあなたは少し厄介な後輩なのよ。)



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(あなたの言葉を改めてもう一度聞きましょう。)
(彼の言葉を頭から聞いて覚えておきましょう。)