振れてもどる

朝。副隊長にたしなめられるように最近仕事の効率が悪くなっているとお叱りを受けた。そろそろ怒られるのにも慣れてきた頃だったのでしゅん、と俯いて謝れば副隊長がそれ以上は追及しないことは学んでいた。はずだった。だから油断してしまったのだ。一礼をして上位席官達の執務室を出ようとしたとき、副隊長が心臓をめがけて放ったことばはわたしにしっかりと刺さった。それはもう、深いところに。

「あまり、舞い上がらないように」

君は出来が良くないんだから。と続けたように聞こえたのはわたしの思い込みか、はたまた。なんて、そんなこと考えなくたって分かっている。副隊長の、言うとおりだ。確かに最近は、以前よりもずっと遅い平子隊長の出勤する時間に書類を持って行くことが増えた。他隊への配達もいつもよりは滞っていただろう。

平子隊長がわたしを見ていてくれているということは確かにわたしを自惚れさせていた。舞い上がっていた、ほんとうにその通りだ。恥ずかしいのか、悲しいのか、悔しいのかは分からない。それでも頬も脳みそも燃えるように熱い。だからダメだといったのに、と今更思う。そんなに器用じゃないのだ。そう、言い換えればわたしは出来が良くない。苦しいのは、藍染副隊長が言ったことが全て真実であることだった。




「・・・なぁなまえちゃん」
「あ、・・・ごめん、ギン。なんだっけ」
「・・・ボクのかしわ天、あげるわ」

この前約束していた、お蕎麦屋にギンと来ていたのだった。思考がトリップしていたことに自嘲的に息を吐き出す。ありがとう、と心配させないように笑顔を作るとギンは更に心配そうな表情を濃くさせた。慌てて、おそばをすすってごまかす。

「・・・今日ずーっと暗い顔しとる」
「あーええと、ほら、梅雨入ったからかなあ。雨降っちゃったし」
「・・・なまえちゃん」

窓のほうを見て、おそばを食べているうちに降り出してしまった雨を示してもギンは頬を膨らまして不満そうにしている。この頬を突いてやると一度は弾けて、それからもう一度大きく膨らんだ。

「子供扱いせんといて」
「だって、かわいいから」
「ほら、いっつもそれやん」

ごめんごめん、と笑うとついにふいっ、とそっぽを向かれてしまった。それでも頭を撫でてやるとすぐに細い目は深く弧を描く。そこでやっと気づく。ギンがこんなに素直で子供じみた振る舞いをするのはわたしが暗い顔をしていたからなのだ。ごめんね、とは言うかわりに頬を撫でるとギンはくすぐったそうに身をよじった。店を出ると雨の音と匂いが近くなって、少し落ち着く。波立っていた心が少しづつ穏やかになるのを感じてほっと息を撫で下ろした。

「なまえちゃん、帰ろ?・・・ええと、」
「うん?なあに」
「やっぱ、手ェつないでもええ?」
「あはは、ギンはやっぱりかわいい」


「なーんやふたりとも、濡れネズミになってまうぞ」


「げぇ、隊長サンやん」
「げー言うなやギン。ホラ風邪引くとアカンし、入ってき」
「・・・あーあ、邪魔されてもた」
「言うやんけチビの癖して!生意気なやっちゃ」

大きな傘の下で何やらギンとじゃれ合う隊長を、なんだか夢のことみたいにぼんやりとしか見れなかった。体があまり見てはいけない、と釘を刺しているような感じ。それなのに心臓だけはやけにうるさくて血が急速にめぐるのを感じる。「あまり舞い上がらないように」今朝言われた深い声が響く。そんなこと、わかってる。

「オーイ、なまえ?」
「・・・あ、はい」
「はよこっち来て、入り」

「・・・はい」

わかってる、はずなのに繰り返してしまう。どんよりとした灰色の空の下でも隊長はどうしたってキラキラとしている。だから、引力みたいに引き寄せられてしまうのだ。

「隊長サンなまえちゃんに近づきすぎや」
「あ、えっ!ごめんなさい!」
「なまえちゃんは悪ないよ」
「近づかな濡れるっちゅーねん!大体ギンがてこでもなまえと手ェ繋ぐから狭いねんスペース考えろや!」

わかっている、わかっていない。どちらにしたって同じことなのかもしれない。

-meteo-