日向に眩う


「なんだ。簡単じゃねぇか」

藍染副隊長のひとことがきっかけでしばらくわたしの胸を巣食っていたもやもやは、海燕さんのひとことであっさりと解決した。あまりにもあっけなくて、せっかくのお茶菓子を口に迎えそこね、そのうえ湯呑に見事ホールインワンさせてしまったほどだ。梅雨ももう終わりかけだったある日。

「お前が頑張って強くなって、出世すりゃいいってことだ」
「な、なるほど」
「強くなりゃあっちゃこっちゃを守れるようになるし、文句も言われねーだろうし、何よりそうなりたくて死神になったんだろ?」

そう言われてわたしは反射的に力強く頷いた。そもそもわたしはマユリみたいな「瀞霊邸のために」なんて立派な大義名分は持ち合わせていないのだ。死神になったのは霊力の素養があったからで、五番隊に入隊希望を出したのはただ、少しでも平子隊長の力になりたいと思ったからだったことを思い出した。デスクワークだけじゃなくて、戦いのほうだって微力でもそうありたい。単純なわたしは、目標を見つけて既にいてもたってもたってもいられなくなる。海燕さんはそれを見つけて苦笑した。

「なまえお前、そんなに分かりやすくそわそわすんなよ。またドジ踏むぞ」
「ふぁい!ふぇんふぁ、むぐっ…!」
「だから言わんこっちゃねーんだよ!ホラこれ、飲め!」

喉にお茶菓子が詰まった苦しさから逃れたくて、差し出された番茶を勢い良く飲み干す。燃えあがるやる気をあらわしてるみたいに、胸が暖かくなった。

海燕さんとの談笑、もとい書類に判をもらう本日最後の業務を終えて隊に戻るわたしの足取りは、体感で言えば羽のように軽かった。

「‥いやに機嫌がいいね、みょうじくん」
「そういう副隊長は、あんまり機嫌良くなさそうですね」
「‥‥そう見えるかい?」

近くにいる席官の人たちが不思議そうな顔をしてわたしに視線を向ける。正直、最近ずっと副隊長は何かに苛立っているように見える。今わたしに問う声も、こんなに虚ろだ。けれど、わたし以外の誰もそう感じてはいないらしかった。どうやら失言だったらしい。

「そ、そんなことより本日の業務はこれで終了ですよね!お先に失礼します!お疲れ様でした!」

上品に眉をしかめて書類を受け取る副隊長をぎりぎりの笑顔でかわし、剣を握ってほとんど瞬歩に近い早さで修練場へ向かう。馬酔木の木が生い茂る道を抜けて目的の場所が見えてくると心は勝手に浮きだって、わたしは危うく勢い良く扉を開け放ってしまうところだった。ほんとうに、そうしなくてよかった。なぜならその先に、静かに、そして研ぎ澄まされた霊圧を放つ平子隊長がいたから。

足音を立てないように気をつけてゆっくりと中を伺うと、そこには金糸のような髪を美しく揺らして剣を振るう隊長の姿。控えめに声を掛けようと思っていたのに、その姿を見てまたたく間に言葉は喉の奥に引っ込んでしまう。ほとんど呆然と、立ち尽くすようにしてわたしは隊長を見つめていた。

「――なんや、そんなアホみたいな顔で突っ立って」
「ひっ!‥‥あ、えっと、スイマセン!」
「構へん構へん。さてはアレやろ、俺がカッコ良すぎて〜って奴やろ」
「え、‥‥あー‥」
「こういうときはななまえ、何でもええから突っ込んでくれんと俺が傷付くやろ」

さっきまでの張り詰められた空気は、隊長の一挙一動ですぐに緩められてしまう。ホッとしたような、少しだけ名残惜しいような気持ち。

「――まァそんなんええわ。よっしゃ、俺が特別に稽古付けたるわ」
「い、いいんですか?」
「そん代わり俺がココでこんなんしてること、内緒な」

悪戯っ子のような表情で、舌を出して笑う隊長につられるようにしてわたしも笑った。外では相変わらず雨がしとしとと全てを濡らしているけれど、ここだけは不思議に、お日様のにおいがする。その空気を思いっきり吸い込んで、剣を握る手に力を込めた。――そうだ、わたしは。どうしても、この人の力になりたい。


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