触れて持て余す

海燕さんに首根っこを掴まれて、ずるずると十三番隊に引っ張られながら、ようやくクールダウンしてきた顔をこっそりと袖で拭った。定時はもう過ぎているらしく、仕事終わりの隊士たちとすれ違うのが恥ずかしい。五番隊の隊章をつけている平に近いような席官のわたしと、こう見えて十三番隊のエリート海燕さんが一緒にいるのを皆不思議そうにしているのが分かる。・・・そういえば、さっき書類の処理を頼まれたのに、終わらせずに来てしまったのだった。藍染副隊長は明日怒るだろうか。なぜか彼はわたしにだけ少し辛辣だ。

「おや、みょうじじゃないか?しばらくぶりだなあ」
「浮竹隊長!えへへ、ええと、お邪魔します・・・」
「まいりましたよーさっきそこでコイツとぶつかったんですけど、メソメソ泣いてやがるし」
「そ、そんなこと!」
「あるだろ?」
「まあまあ、お菓子がたくさんあるんだ、食べていってくれないか」

そう浮竹隊長が言いだしてたちまち、雨乾堂はお菓子パーティーの様相を呈してしまう。五番隊に入ったギンがまだ小さい子供だと聞いてお菓子をたくさん買い込んだのだがあんまり好まれなかった、という悲しそうな浮竹隊長の話を聞いたり(浮竹隊長がわるいんではなくて、ギンは人を寄せ付けないところがあるというフォローをするのが大変だった)、海燕さんが最近気になる女性がいる(都さん、という名前だというところまでは聞き出した)という話でにわかに盛り上がったりしたところでやっと強張っていた肩が軽くなっていることに気付いた。海燕さんは気を使って連れてきてくれたのか、とこっそりと見たつもりだったが、すぐに気付かれたみたいで乱暴で頭を掻きまわされる。これは彼の癖みたいなものだ。

「やっとほぐれたみてーだな」
「あ、ありがとうございます・・・いやぁお恥ずかしい」
「どうしたんだい?聞いてもいいかな」
「・・・いやあ、平子隊長に話しかけられてしまいまして」
「はァ?よかったじゃねえか、憧れの隊長さんだろ。お前いつも頑張ってんじゃん」
「・・・それが、なんだか言いづらそうに、というかあんまり楽しげじゃない、ような」
「どんな話だったんだい?」
「え、えーと」

他隊に飛ばされるみたいだ、と言ってしまうのはなんだかできなくて、そこで口をつぐんでしまうとふたりは不思議そうな顔で首をひねっていた。こちらが首をひねりたい。そうこうしているうちに二人はなにか合点がいったようでしきりに頷きはじめたので面食らった。それは、もしかしてようやく異動か、みたいな話なのだろうか。噂になるほどわたしの素行は悪かっただろうか、と思うが隊務を放り出して今こうして茶をすすっているのでそれも仕方ないのかもしれない。

「悪ィ悪ィ、じゃあ早く平子隊長んとこ帰さねーと申し訳ねぇなあ」
「え、なんですかそれ」
「そうだ、送ってあげたらどうだい?もうじき暗くなるだろう」
「そうっスね、じゃあ、いってきます」

朗らかに手を振る浮竹さんに見送られ雨乾堂を出て、海燕さんととぼとぼと邸内を歩く。また平子隊長のところに逆戻り、でまたあのぎこちない雰囲気を味わわなくてはいけないのだろうか。せめて一晩、心の準備でもさせて欲しいと恨めし気に海燕さんを見上げるが全然気付かないどころか少し楽しそうに見える。

「あ、あー海燕さん、ここまでで大丈夫ですよ」
「何言ってんだよ、もう少しだし、それに俺も謝んねーと」

有無を言わさず首根っこを掴まれる。わたしはそんなことより謝るってどういうことですか、と尋ねたかったがその前に頭上から「何してるんじゃ?」という声が被さったので疑問は声にならなかった。首を動かし見上げると、三色団子を咥えた四楓院隊長が隊舎の屋根瓦に座っている。これだ、これしかないと、わたしの頭の中に電流が通ったようなひらめきが駆け巡る。

「四楓院隊長、た、たすけてくださ〜い」
「はぁ?何いってんだお前俺なんも、」
「・・・?よくわからんけど、おもしろそうじゃな。それに砕蜂以外出払ってて暇だしのォ」

風が吹きあがった、と感じた時には既にわたしの体は四楓院隊長に抱えられていた。とてつもなく早い瞬歩でどこかへ向かっている。海燕さんに悪いことをした、という気持ちが後から湧いてきて自分が馬鹿らしくなった。わたしは自分のことばっかりだ、いつだって。

-meteo-