ことばを奪う

技局を後にして、今は夜更けの誰もいない五番隊舎執務室。あえなく戻ってきてしまったというわけだ。平子隊長は隊舎に着くまでわたしの腕を離さなかった。また逃げると思われているらしい。

「なんや、自分知り合いいっぱいおんのな」
「えー、と、・・・そんなことないんですけれど、」
「・・・よォ喋るし」
「・・・そんなことないですよ」
「でも俺とは一個もしゃべらへん」
「え、ええと」

心臓が鷲掴みされるようで、それどころじゃないんですとはまさか言えない。言えないけれど隊長が何に苛立っているのかもわからないから他の何を言うこともできない。話が全く見えなかった。

「あー!!!アカンこんなん言いたかったんちゃうねん!、ほんで・・・スマン」
「は、はい?」
「意味わからんやろ思って、俺な今日わざとらしくなまえやっけ?とか言うたけどホンマは知っててん」

隊長は自分の頭を掻きまわして叫んだと思ったらへなへなと腰を落としてぽつぽつとしゃべり始めた。どうすればいいかわからなくては、はあという相槌を打つことしかできない。

「気付いとらんと思うけど、どこの隊行ってもなまえの話聞くんやで?もちろんいい意味で、何度うちの隊にくれって言われたかわからんわ」
「はあ」
「・・・そういや、異動って勘違いして逃げ回ってたやんな」
「か、勘違い!?・・・そ、それは・・・早とちりしてすみません」
「・・・さっきも言うたけど、俺としてはなまえが五番隊にいることは誇りやなァ、と思うとる」

俺とおんなしくらい人気者んヤツなんてそうそうおらんで、と言いながらニィッと悪戯っぽく口を吊り上げる隊長に、慣れてきたと錯覚していた心臓がまたのたうち周りはじめる。耳に入ることばや視界に入る全てが、わたしをしあわせで殺しにかかってくる。苦しさに耐えながらしぼりだしたありがとうございますという言葉は我ながら無愛想で呆れた。言葉にうまく感情が乗せられない。

「・・・隊にいたい思ってくれる、ゆうことは俺自惚れてもええんかな」
「?」
「嫌われてる思ってたんやけど、それ俺の勘違いやったらええなァっちゅーこと」

喉はもう使い物にならないのでもちろんです、と言う代わりに首を馬鹿にみたいにぶんぶんと上下に振る。隊長は何やらむせたようで大きな咳を何度かしたあと自室までわたしを送ると言って聞かなかった。何か忘れていることがある、というもやもやした気持ちが残ったけれどやけにご機嫌な隊長の質問攻めに答えることで精一杯でそれもすぐに忘れてしまった。

-meteo-