瀞霊廷内を歩いているとき、隊首会のあと、気の合う奴らとの飲み会のとき。俺と話をする人々は誰も彼もみょうじなまえという女の話を持ち出した。自分の隊の席官だから名前くらいは知っているが、喋ったこともほとんどないのでいつも返答に困る。しかしそれでも皆楽しそうに彼女の話をした。
「みょうじは、仕事がすごく丁寧なんだ!それに気遣いが出来るし、心地よくて」と浮竹サンは笑い、「なまえちゃんはオジサンの心を癒してくれるっていうかね、反応が面白いんだよォ」と京楽サンはニヤニヤしてリサに頭をしばかれていた。二番隊ではたいそう可愛がられているのかよく甘味を食べているらしい。羅武もローズも口々に彼女のおかげで仕事がずいぶん楽になると褒め、次いで見ていて飽きないと思い出し笑いをしていた。拳西すらも仕事への熱心さを褒め、彼女がいると白が随分手間がかからなくなると頬を掻いた。話を聞いた後、「実は喋ったことないやけど」と言うと何人かはもったいないと驚き何人かはああ、となぜか頷いた。
「平子サン、なまえさんのことなんですけど」
「喜助もなんや、アイツと仲いいんかいな」
そんなでもないッスよォとは口ばかりで彼も大分彼女を可愛がっているのが見て取れた。そうなのは喜助だけではないということも。
「真子もこのハゲいっぺん叱ったほうがいいでェ!いっつもなんや追いかけ回してなまえが可哀想やからウチがしばいとるんやけど辞めへんし」
「ひよ里、なんやそれ」
「あの女を実験台にしているんだヨこの男は」
「そんなん言うけど同期だなんだゆーてマユリも手伝いでこき使っとるの知ってんでェ!ハゲ団子コラ!」
話しかけてきたくせに俺を放り出し、口論を始めてしまった二人のとばっちりで喜助の顔面にひよ里の蹴りが入るのを茶をすすりながら眺める。口うるさい惣右介から逃げ出して来たというのに落ち着いて休めやしない。
「あ、それで続きなんですが」
「なんやったっけうるさァくて忘れたわ」
「ボクも人のこと言えないんですけどね、こんな感じでひよ里サンもマユリサンもなまえさんが来るとはしゃいじゃって・・・ひどいときは半日くらい引き留めたりしちゃうんスよ。だから、もし隊務に差し支えてるようならボクらが悪いんで彼女を怒ったりしないであげて下さいね」
そんなことかいな。任しとけ、と後ろ手を振って技局を後にしたものの狐につままれたような気分だった。彼女の話を聞かされるたびに、別人か、もしくは幻の類ではないかとすら思う。自分が彼女について知っていることと言えば、毎朝必ず自分の机に置いてある書類が本当に判を押すだけで事足りるようになっていることだけなのだ。喜助が心配するように遅れたことなんて記憶にない。
その後しばらく暇をつぶしてから隊舎に戻り、なんとか惣右介の目を盗んで執務室に入れないかとこっそり中を伺っていると自分の机の前に立つ惣右介と見慣れない女性の死神の姿があった。そのまま様子を伺っていると、驚いたことに惣右介が彼女を「みょうじくん」と呼んだ。ああ、これが皆の言う「なまえ」なのか。
「・・・だ、・・・じゃないか」
「はい!?・・・あ、・・・ですか」
何の話をしているかまではわからない。ただ惣右介がいつも浮かべている張り付けたようなあの笑みをしていないことが印象的だった。噂に聞いた通り彼女は表情をころころと変えて手元の書類について話しているようだ。
「なにしとんのやろ・・・アホらし」
零れ落ちた呟きはもちろん自分に当てたものだ。喋ったことがないなら、今から喋ればいいだけではないか。全く自分らしくない。彼女は自分に話しかけてこないなら、こちらからいけばいいだけだ。喜助のふやけた顔がチラリと脳裏をよぎって顔が歪んだ。
「なァ、なまえ言うたっけ」
少し待って、惣右介との話を終えたあとを見計らって声をかけたものの、柄にもなく声が上擦っているのが分かる。話したこともないくせに、聞きなれてしまった下の名前を読んでしまうくらいには余裕がない。俺を見上げる彼女に心臓が跳ねた。急速に、鮮やかに世界が彩られていった。