耳を覆う


誰もいない執務室に一番乗りで入り、隊長の机の上に処理の終わった書類を置いておくのがわたしの毎朝の習慣だった。ちょうど朝日が差し込んで眩しく反射する机のキラキラは綺麗な隊長の髪の毛のそれと似ている。そしてふいに昨日のことを思い出してしまって勝手に頬が熱を持ち始める。絶望と高揚感と得体のしれないもやもやが混ざり合った、忙しない一日だった。

「何百面相しとんねん」
「ひっ!らこ隊長!し、してないですよ!」
「現在進行形でしとるがな」

耳元で声がして慌てて振り返ると、ケラケラと笑っている平子隊長の姿。どうやらまぬけにもわたしは後ろから覗き込まれて観察されていたらしい。

「いっつもこんな朝早ォ来とったんかいな」
「た、隊長こそ、えーと、」

いつも遅刻するかしないかでくるじゃないですか、とは言えず口ごもると分かってる、とでも言いたげに眠くてたまらないとあくびのポーズをしてみせてから目を細めて笑った。朝から心臓に悪すぎる。わたしの何十年という日常が音を立てて崩れていく。

「ホンマは先に来て驚かしたろ思ってたんやけどォ、まあ驚かすんは成功したみたいやな」
「そりゃ、ひとりだと思って気が抜けてましたもん・・・」

「あ、そや。今日俺なまえに一日ついて回ろー思ってん」

言っている意味がわからない。一拍置いてからやっと事態を飲み込み、思わずハァ?と叫ぶが隊長はもはや聞いておらず「社会科見学っちゅーんと親睦を深める会ってゆうんとどっちがええかな」という的はずれなことに悩んでいた。どっちでもないでしょう、と言うのはバカらしくてやめた。それより一日一緒、だなんて。下手したら爆発四散したっておかしくない。

「ご、後生ですからね、考え直してくださ、」
「いいやんか、今んとこ仕事全部終わってんねんで」

わたしがついさっき置いた書類にも全て判を押し終えてしまったみたいらしいし、いつも多いとも少ないとも言えない絶妙な量の書類の束が今日に限って見当たらなかった。得意気に、出来る男感じたやろ?と腕を組む隊長に白旗をあげる。何を言っても聞かない、と顔に書いてある。

「皆、っちゅーか惣右介来るとメンドイし早よ隊舎出ようや」
「・・・・あああ、ゼッタイ副隊長に怒られる・・・!」

こうして長い一日がはじまった、というわけである。




「ソンナワケデ、今日は隊長がいます」

そう言えばどこの隊の方たちも笑ってくれた。当たり前だけど隊長は物怖じなどせず自然体そのものですぐにどこの隊の人とも馴染んでしまうから、一緒にいると心地が良かったのも事実だった。この人がいるだけで皆が明るくなる。それはもう、太陽みたいに。

「か、海燕さん、昨日はすみませんでした・・・怒ってます?」
「・・・・・」
「痛ァッ!!?で、でこぴん・・・」
「これで許してやる」

海燕さんはフンッ!を腕組みをして鼻を鳴らした後、「話せてんじゃねぇか、よかったな」とわたしに耳打ちした。ニカッと効果音が付きそうなほど歯を見せて笑う海燕さんにありがたいやら恥ずかしいやらでしどろもどろしていると浮竹隊長も笑い、平子隊長は首をかしげわたしに説明を求めた。二人には隊長にあこがれている、というような事を言ったことがあるなんて言えなくてそっぽを向く。拗ねたように口を曲げる隊長にお菓子を渡す浮竹隊長には笑ってしまった。結局ふたりとも、両袖にお菓子をパンパンに詰められて雨乾堂を出る。

「いっつもこんな、ぎょうさん貰っとんのかいな」
「浮竹隊長、いっつも減らない減らないって言ってるんです」
「ちゅーか、さっきのなんやねん気になってしゃーないねんけど」
「・・・あ、今日はこの十二番隊のもので最後です」
「話逸らしよったな」
「・・・ところで、もうそろそろ隊舎に戻るつもりはあったりしませんか?」
「断る!ひとりで惣右介に怒られんの嫌やし〜十三番隊では仲間外れにされるし〜おもんないし〜」

そう言ったあとこちらをチラリと伺ってくるあたり、思ったより根に持っているらしかった。苦笑でなんとか躱すと気に入らなかったらしく口を子どものように尖らせる。わたしが諦めたことが分かったのか、意気揚々とココでうさを晴らすと意気込んで技術開発局に乗り込んでいく隊長の背中を追う。遮るものが何もないこの道に照りつける西日と隊長の髪の毛が反射して眩しくて思わず目を眇めた。

「ほんと、お日様みたいだ」

近づきすぎると熱くなるのも、眩しくてずっと見ていられてないのも。

「・・・・・なにぼけっと突っ立ってんねん。置いてくど」
「あ、はい!」

それからいつも通り騒がしい十二番隊でお茶を頂いて(意外にも、マユリが入れてくれるお茶は美味しい)から、隊舎に戻って執務室で腕組みをして待っていた副隊長にこってり絞られた。数えきれない小言の雨がわたしと隊長に降り注いでいるけれど、隊長には全く効いていないらしい。視線を感じてこっそり隊長のほうを盗み見ると「今度はもっとうまくやらんとあかんなァ」と悪戯っ子のような笑顔。それを見て頬がまた勢いよく熱くなる。結局わたしも副隊長の小言は全くと言っていいほど耳に入ってこなかった。

-meteo-