重ね合わせる

藍染副隊長に怒られて早一週間、ここ最近は隊舎から出ることはせずに書類整理ばかりをしている。自分の机と資料室を行ったりきたりでそれは充実していたがもちろん隊長と言葉を交わすことはなかった。心配して海燕さんが様子を見に来てくれたが、実のところ落胆などという感情とは縁遠い。元々先週起こったことが奇跡みたいなもので、それ以上を望むなんてバチでも当たりそうで恐れ多い。

「みょうじくん」
「?なんでしょう」
「現世への駐在任務の記録が資料室にあるはずなんだ」
「・・・つまり、行って参りまあす、ってことでいいんですよね」
「頬が膨れているよ」
「前から思っていたんですけど、副隊長他の隊士にはもうちょっと優しく接してますよねえ、まあすっごい胡散臭いですけど」
「・・・そんなことないよ」

そういう声がぞっとするほど感情を持っていなかったので怖くなって逃げ出すように資料室に走った。おそらく、副隊長の触れてはいけない部分を見てしまった。息を整えながら無心でファイルを探す。整っているようで、実は分類などされていない棚の乱雑さはもやもやを追い出すには丁度よかった。背表紙を見ることだけに集中できる。

「ええと、駐在、駐在・・・っと」
「ニャァ」
「にゃ、ニャァ?」

鳴き声とガサゴソ、と紙が擦れる音がして後ろを振り向くと足元に猫がいた。毛は金色だった。大冒険でもしてきたのか、跳ね放題の毛並みをした目の前の猫はしきりにわたしの足元をちょろちょろと動き回っている。とりあえずしゃがんで撫でてやると目を細めてごろんと横たわった。随分人なれしているらしい。しかしわたしが何かを感じる前にぴく、と耳を揺らすと隠れるように棚の影に隠れてしまう。なんだろう、と首をかしげるのと資料室の扉が開くのは同時だった。

「あれ、なまえさん?どうしてココに」
「こっちの台詞ですよ浦原隊長。ここ五番隊ですよ」
「ああ、そっスよねぇ。そうだ、確かにそうっスね」
「・・・?どうしたんですか?」
「あの、これ内緒にしてほしいんスけど・・・ネコ、見ませんでした?」

毛は金で、これくらいなんですけど。と手で形をつくる隊長と、棚の影に隠れる猫をちらりと順番に見る。彼からはこの猫は死角になっていて見えてないらしい。猫はおびえたように震えて目をまあるくさせていた。もしかしたら、と思いつく。この猫は実験体とかなんじゃなかろうか。わたしもされたことがある(軽いものだけど)からその怖さはよく分かる。俄然猫のほうに感情移入してしまったので口からは「見てないです。でも確か、京楽隊長が見たとか言ってましたよ」となめらかな嘘が飛び出していた。首をかしげながらも浦原隊長が去ったので、出ておいでともう一度しゃがみこむと勢いよくタックルをかけられて尻餅をついてしまった。ついでなので、抱きかかえてボサボサだった毛並みを整えてあげることにする。

「きみ、実験されそうだったの?かわいそうに」
「ニャァ」
「にしても、綺麗だねこの毛色。キラッキラ」
「ニャァ」

このまま放り出してまた浦原隊長につかまったりしたら元も子もないので、ひとまず自室に連れてってやることにした。ニャアニャア、としばらく機嫌よさげに鳴いてばかりいたが、「見つかっちゃったら大変だから、静かにね」と撫でてやるとぴたり、と声をあげるのをやめてくれる。どこかの貴族の猫なのだろうかと思うくらい賢い猫だが、だらんと体の力を全部抜いてわたしに身を預けてくるのでそういうわけでもないのかも、と思い直した。六番隊の朽木隊長がたまに連れてくる綺麗な猫は同じくらい賢いが、もっと身のこなしが優雅だったのを思い出す。

「なまえちゃん」
「わあ!、ってギンかぁ、びっくりした」
「どないしたん?そのネコ」
「さっき入ってきたの、十二番隊から逃げてきたみたい」
「・・・ふ〜ん。なんや変なネコやなぁ」
「そうかなあ、結構かわいいけど」

ギンが撫でようと手を伸ばすとするり、とわたしの手元から離れ逃げるように肩に飛び乗る。ふいっ、とそっぽを向くように顔を動かした。その仕草は人間じみていて思わず笑ってしまう。ギンが手を引っ込めて、むすっとした顔をするのが更におかしかった。

「みんなには内緒にしてね」
「・・・今度おそば屋行ってくれるんなら、約束したる」
「いいよ、じゃあおいしいお店探しといてね」

頭を撫でてあげて(上官だからほんとはいけないことだけど)、ようやく機嫌を直したギンと別れて歩きだすと今度は何やらこちらのほうが機嫌を損ねたらしかった。ギンとは相性が悪いらしい。ニャアと鳴く声はどことなくさっきよりも低く、よく見ればしっぽは逆立っていた。これは機嫌の悪い時の仕草だと朽木隊長が言っていた気がする。ようやく自室に着いたので床におろしてあげるときょろきょろと落ち着かなそうにしていた。

「仕事終わるまでここにいてね」
「ニャァ」
「うーん、ネコのご飯ってなんだろ?六番隊行ってみようかなあ」
「ニャア、ニャア」

部屋を出てゆくのを阻止するように扉の前に立ちふさがれて懸命にニャアと鳴くのにやられない人なんているのだろうか。可愛くて思わず抱き上げてしまう。ちらり、と時計を見ればあと30分は昼休みが取れそうだ。あと少しだけ、と床に転がって思う存分この金毛を堪能することにした。

「かわいいなあ、きみは」
「ニャア」
「浦原隊長になんかされそうだったの?わたしもやられたことあるんだよねえ」
「ニャア」
「わたしのは、いやにリアルなネコ耳が生えてくるくらいの実験だったけど」
「・・・ニャア」
「それの逆で、きみが人間になったら、平子隊長みたいなのかなあ」
「!ニャア」
「あ、平子隊長はねえ、わたしの隊の隊長でね?きみとおんなじ太陽の光みたいなキレーな色の髪してるひとなの」
「ニャア」
「にしても、この前しゃべれたの夢みたいだったなあ・・・ずーっと、憧れだった、のに・・・」

生き物というのは何とも表しがたいくらい心地が良くて暖かい。毛の中に顔にうずめると自然に瞼が下りていくのに身を委ねた。10分だけ、と呟くと答えるようにニャア、と鳴く声が聞こえた。






「もしもーし、なまえサンいらっしゃいますー?」
「・・・ん、?」
「そろそろ惣右介が痺れ切らすでー。俺はおもろいから構へんけど」

まず扉の向こうからわたしを呼ぶ声が平子隊長ということに驚いて、次に飛び起きて時計を見ると昼休みがとうに終わっていることに驚いた。そして、さっきまで感じていたはずの金色のネコはもうどこにもいなかった。何処かへ行ってしまったのだろうか、猫は気まぐれというがやっぱり寂しい。

「・・・なぁ、開けてええか?」
「あ、どうぞ」
「あ、やっぱボッサボサなっとる」

障子がスッと引かれて、平子隊長が入ってきたと思ったらいきなり頭に触れられた。わたしは突然起こったことに体が対処できないまま、髪の毛が丁寧に梳かれる感触の心地よさを感じているほかなかった。

「よし、これで元通りや」

目の前の隊長は、なぜかとっても満足そうな表情をしている。

「いきなり、びっくりしたぁ・・・」
「ええやん、お返しお返し」
「意味わかんないです」
「ええねん分からんで。内緒や」

もういろいろ考えることは諦めて、元気よく隊舎に戻る隊長の背中を追いかける。もしかしたら、隊長を連れてきてくれたのかもしれない、とちょっとバカげたことを思ってしまうくらい、目の前のキラリと光る金髪は、本当にあのネコとよく似ていた。

-meteo-