七夕の日の話

その日のリツ先輩は慌ただしかった。朝一番に笹という名前の植物をねだってルシウス先輩を困惑させて、どうやら手に入らないとわかると朝食もそこそこに大広間を飛び出して行ってしまった。スリザリン一といっていいほどに朝に弱い先輩があんなに活動的に動き回っているのを見るのははじめてだった。

「レギュラス気にするな、毎年のことなんだ」
「今日、なんかあるんですか?」
「タナバタだそうだ」

事前に準備しておけばこうはならずに済むのだと文句を言いながらセブルス先輩は耳慣れぬ「タナバタ」と言う行事について教えてくれた。それは彼女の住む国の行事らしい。

「だから笹を探しているんだ。短冊に願い事を書いて吊るすらしい」
「なるほど」


夕方、授業が終わって寮に戻ろうと帰り道を急いでいると転がるように勢いよく走ってきたリツ先輩が後ろから激突してきた。かなりの衝撃に頭をさすりながら振り向くと、手に大きな鉢を持っている。温室から運ぶの大変だった、とリツ先輩は自慢げに言った。

「レギュ、今日はね七夕なんだよ」
「聞きましたよ、というか、それセブルス先輩のですよね?」
「うん!笹見つかんないからねえ、これにした」
「ダメですよ見つかったら怒るどころの騒ぎじゃないですよ」
「いいのいいの!今日セブ図書館お化けだから、就寝ギリギリまで帰ってこないよ」

押し込むように談話室への扉をくぐらされ、手に細長く切られた色紙を手に押し付けられる。テーブルにどん、と鉢を置いて先輩ははやくも短冊に何やら書き込んでいた。

「ねがいごとをね、書くんだよ、ホラ」

既にいくつか書き終えたものを見てみると「来週レポートがひとつもでませんように」だとか「セブルスが薬学のレポートの面倒を見てくれますように」だとか「毎日デザートにエッグタルトが出ますように」だとかが色とりどりの紙に書かれていた。思わず笑ってしまう。もっとお願いらしいお願いにしたらどうですか、と言うとリツ先輩はきょとんとして首をかしげていた。

「聞いたよ、今日はタナバタなのだそうだね」
「あ、ルシウス先輩」
「夜空には何やら一年に一度だけ会える男女がいるのだろう?同情していたとこだよ」
「なんかルシウス先輩が言うと爛れた感じになるからやだ〜やめて〜」
「おや、これがタンザクというやつだね?どれ私もひとつ」
「え〜、じゃあこの灰色のやつなら・・・」
「・・・リツ、さっきから少しづつ酷いぞ」

ふたりが騒がしく短冊を書いて吊るすのを眺めながら、願い事、と考えてみる。ずっとこのままいれますように、なんてのは過ぎた願いごとかと頭を振ってやめた。

「レギュラスはなんて書いたんだい?」
「『クディッチでスリザリンが優勝しますように』」
「ああ、それは何としてもそうなってほしいものだ」

ようやく手頃な願いを見つけてセブルス先輩ご自慢の薬草に結び付ける頃には、リツ先輩はソファーに丸まって眠り込んでしまっていた。朝から夕方まであの調子で走り回っていたのだろう、よほど疲れていたはずだ。顔にかかった前髪を払ってあげるとしあわせそうに体を揺らす。それとルシウス先輩が声をあげたのは丁度同じくらいだった。

「おや、セブルス。遅かったじゃないか」
「・・・・おい・・・なんで僕の薬草が・・・」
「先輩、これはですね、」
「・・・リツだろ。ハァ・・・よく思いついたなしかし」

諦めたようにソファに腰を下ろしてため息をついてから、セブルス先輩はポケットから短冊をひとつ取り出した。それだけじゃなく鉢にくくりつけるからびっくりして先輩の顔を覗き込んでしまうと照れくさそうに顔を背けられた。

「リツが書けとうるさいからな」

口早に呟いて、丸まってるリツ先輩を引きずるようにして寝室へ連れて行ってしまったので、そろりとセブルス先輩の吊るした緑の短冊を裏返す。『来年もその先も、七夕ができますように』その横のピンクのものも裏返す。これはさっきリツ先輩が書き足していたやつだ。『ずーっと、みんなと仲良しでいれますように』なんだ、と少し安堵して息を吐いた。なんだ、気にすることなかったのだ。

「おや、また書くのかい?」
「ええ、悔しいんでもうひとつだけ」


-meteo-