違和感と既視感

最悪だ。アイスクリームを何段重ねにしようとか何味にしようだとかを考えながら歩いていたら、いつのまにか陽の光の差し込まない薄暗くて陰気な通りに入り込んでしまったらしい。ここがどこだかも元の通りへの道もさっぱり見当つかないが、あまり、というか最高によくない場所だということくらいわたしにもわかる。ショーウィンドウに生首が飾られてる店だの檻の中にわんさかと黒い蜘蛛を入れてる店だの、そんなののオンパレードなのだ。人通りもあるにはあるが、とてもじゃないけれど道を尋ねられるような雰囲気ではない。

「ど、どうしよこれ・・・」

不安と恐れでぐちゃぐちゃになった頭にこのピンチから切り抜けられる方法なんて浮かんでこない。そうしているうちに怪しげな魔法使いたちから怪しまれ出したのかひそひそ声が聞こえてきた。ちくしょう、ほんとはあんたたちのほうが怪しいんだからね!なんて言えるはずもなく。

「そうだたしか、迷ったら左の法則というのが・・・」

とりあえずここで立ち止まってるのはまずいと判断して、わたしは恐る恐るメインストリート(っぽいところ)をから小道に入る。・・・うーん、当たりかはずれか全くわからない。仕方ない、もう少し進んでみようと恐る恐る一歩踏み出す。

「なんだ、迷子か?」

思いがけず後ろから聞こえてきた低い男の人の声に、わたしの心臓はパニックを起こして暴れまわった。喉からは勝手に言葉にならないヒィッという情けない悲鳴があがる。さっきみたショーウィンドウが脳裏をよぎり、自分の生首がそこに飾られる最悪の未来を想像してしまう。そんな死に方ごめんだ。

「な、生首だけはどうか・・・!」
「私としてもそれは遠慮したいな」

ククッと喉を震わせる音。振り向くとそこにはこの通りに全然ふさわしくない、身なりの立派な銀髪の紳士がいた。綺麗に弧を描く薄い唇に冷たく光るアイスブルーの双眼。あれ、なんだこの既視感は。

「・・・あれ?ル、シウス先輩?」

記憶と重ね合わせると、70%くらいの適合率。わたしがこわごわ口にすると、目の前の紳士は目を見開いて驚いた。

「息子と知り合いなのかい?」
「む、むすこ・・・!?ってことは、」
「君は見たところチャイニーズ・・・いや、ジャパニーズだな・・・ああ、確か覚えがあるな」

わたしが慌てて自己紹介するのと、紳士が記憶からわたしの名前を引き出して口にしたのはほぼ同時だった。



おかしい。もう一度記憶を確かめる。わたしはダイアゴン横丁への道を、尋ねたはずだ。間違いなく。

「あの、ここ、」
「あんなところに迷い込んでしまって、随分と疲れたしまっただろう?丁度いい茶葉とケーキの用意がある」

そこは家というよりは城に近い建物だった。貴族ってこわい。そして至極機嫌良さげにわたしの前を歩いていってしまうこの人について2つだけ、分かったことがある。ひとつめは、アブラクサス・マルフォイというなんだか高貴な名前。ふたつめは、

「いやぁ、あのそこまでご迷惑は、」
「私が君と過ごしたいんだよ。いやかな?」
「い、いえ!滅相もない!」

なんていうか、強い。外見や振る舞い、どれをとってもルシウス先輩と同じ類なのだけどそのすべてがルシウス先輩より強いのだ。おまけに息子とちがってヘタレ属性もついてない。例えるなら、おんなじニンバスシリーズの箒なんだけど、最新号と初代ぐらいの隔たりがあるというか。もちろん、最新号がパパのほう。色々包んだオブラートをすべて外して言うならば「上位互換」がいちばん適してると思う。正直わたしはなんだかんだナルシッサ先輩に弱いちょっとへタレのルシウス先輩のほうが好きだけれど。

そんなことより、だ。さっきからわたしはセブルスのことを考えて少し焦っていた。今頃彼はわたしを待ちくたびれてるのだろうか、それとも探しているだろうか。どうにかして連絡をつけなくては。

「あのー、ルシウスパパ、」
「その呼び方はあまり嬉しくないな」
「あ、すいません。えーと、ミスター・マルフォイ」
「なんだい?ミス・ナガタ・・・いや、」

わたしがおそるおそる名前を呼び直すと、彼はピタリと歩みを止めてこちらを振り返った。その強い瞳で撃ち抜くように見つめられ、続いて美しい形の眉が神経質に顰められる。それを見たわたしの体は凍りついたみたいに固まり、けれど心臓だけはうるさくドクドクと鳴っていた。わけがわからない。

「・・・どうにも、しっくりこないな」 

首を傾げながら、ミスター・マルフォイは何かを思い出そうとしているみたいだった。

「あ、あの」
「リツ、と呼んでも?そして出来ればアブラクサスと呼んでもらいたい」

ぶんぶんと首だけを振って頷くと、それで彼は満足したらしかった。空気ががらっと柔らかくなる。それで、なんだったかな?と聞かれ話はようやくもとに戻った。友達を待たせてるんです、とわたしは経緯を説明する。

「ああ、それなら大丈夫。トム・リドルに連絡をいれておいたから、そこから話が行ってるはずだ」
「えっ!先生に?」
「君だろう?リドルの助手になるという子は。彼から聞いたことを思い出してね」
「お友達だったんですか・・・」
「まあね。だから、」

「言われた通り、迎えに来たぞアブラクサス」

ポン、という大きな音を伴ってわたしたちの前に姿現しをしたのは、たったいま話していたところのリドル先生だった。



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