整理整頓

あれから同級生の乗る臨時ホグワーツ特急を見送り、それから在校生が夏期休暇を迎えるためにこれまた特急を見送っていたら、あっという間に夜を迎えてしまった。セブルス以外はみんな年上、という慣れない空気にそわそわしながら夕食をとる人数に対して広すぎる大広間で腹を満たしたのがついさっき。リドル先生に今日は寮で休むこと、朝までに荷物をまとめておくことを念押されてセブルスと我がスリザリン寮に帰ってきたのが今。

「当たり前、だけどだれもいない」
「ほんとに当たり前のことだな」

誰もいない談話室のソファにとりあえずセブルスと身を沈める。あ、と横で呟く声に首を傾げればネクタイ、と手短に返される。促されて自分の胸元を見下ろしてみると、シンボルカラーの銀と緑で彩られていたネクタイは組み分け前と同じ無地の灰色になっていた。またひとつ卒業が逃れられない形となってやってきた、と悲しくなってネクタイから目を逸らすとセブルスが咎めるように視線を送ってきた。

「あー、わたし、部屋片付けて来るわ」
「おいリツ、」
「おやすみ、セブルス」


セブルスの顔を見ないまま駆け足で飛び込んだがらんとした寝室にはもちろんわたし以外の荷物は無くて、卒業したという実感がまた少しづつ体を蝕んでいく。もう片付けをするのも億劫になって、飛び込むようにしてベッドに身を沈めた。7年間使った体に馴染んだベッドはすぐにわたしを夢へ誘う。抵抗もせずに瞼を下ろした。





「リツ、寝てるのか」
「・・・・んあ、」
「おいいい加減起きろ、片付けはどうした」
「ん、あ・・・・えっ、なんでセブルス」

女子寮には男子は入れない、というのが通説のはずである。しかし目の前にはセブルスがいるし、これは一体とうろたえているともう学生ではないから入れるんだろという最もな答えが返ってくる。

「ああなるほど」
「寝るなら片付けてからにしろ」
「めんどい」
「面倒って、杖を一振りだろ」
「それですむならよかったんだけどね」

大口を開けて転がっているメインのばかでかいトランクの隣、薬学の道具もろもろを入れるケースにむけて杖を振って、セブルスにやけくそで実演してあげることにした。フラスコだか大鍋たちがぶつかりあってがちゃがちゃとした雑音を立てながらどうにかケースに収まろうとする姿はどうにもおかしくて、我ながら家事関連の魔法の才能の無さには笑ってしまう。対してセブルスは信じられないというような顔で眉間の皺を濃くしている。実際セブルスにはこんな女がいることは信じられないだろう。

「もういい、やめろやめろ」
「でしょ、朝になったら手でやるから放っておいて」
「違う。僕がやる」

セブルスが杖を振るうと、踊るように礼儀正しく鍋やビーカーたちが折り重なり小さくまとまって、ケースに吸い込まれていく。魔法使いみたいだ、とため息をつくと怪訝な顔でお前もだろとセブルスはこちらを振り返る。

「・・・何をそんなに落ち込んでるんだ」
「・・・そんなことないけど」
「そうか?組み分けした夜と、同じ顔してるがな」

ハァ、と息を吐いてセブルスはわたしのベッドに腰を下ろす。相変わらず眉根に皺が寄ったままだ、とそこに触れるとお前のせいだ、とぺいと腕をはがされる。

「変化が起こると、いつもこうだ。変わらないな」
「・・・そうかな、うーん、そうかも。・・・変化は怖いよ」
「万物は流転するんだ、仕方ないだろう。でも、いいじゃないか」
「・・・何が」
「僕がいる。ほら、そんなに変わらないだろう」

耳を真っ赤にして、目を逸らしながらそうのたまうセブルスの姿はわたしの記憶の中にもあった。組み分けが終わって、喋れてるかもわからないつたない英語で不安だ不安だとセブルスにしがみついてたときも、こうだった。うまく言葉が伝わらないから、ただわたしの頭をめちゃくちゃに撫でまわして、多分明日からも一緒にいる、みたいなことを何回も言ってくれたときも、そういえばこんな顔をしていた気がする。

「・・・セブルスも顔真っ赤になる癖、変わんないね」
「う、うるさい、寝ろ!」

頭を掴んで勢いよくわたしをベッドに深く沈ませて、荒々しく肩をいからせながら部屋を出ていこうとするセブルスの背中に笑いかける。なんだか嘘みたいに重い気持ちがどこかへ行ってしまったみたいだ。セブルスの使う不器用な魔法はいつだって、わたしの心をきれいに整えてしまう。

「おやすみセブルス!、また、明日!」
「・・・寝坊したら叩き起こすからな」



-meteo-