雨音ひとつ、ふたつ

雨は嫌いだ。
でも、雨の音は好き。
雫が傘に落ちる乾いた音。
誰かが言っていた。
雨の一粒一粒には誰かの秘密が隠されてる。
誰にも見えないように。
誰にも知られないように。
だから君は雨の中に秘密を隠す。
私に聞こえないように。

「ー風邪引くよ。お巡りさん」

空色の無地の傘が不揃いな音を立てて雨粒を弾く。
初夏とは言え、気温の上がりきらないこの時期はまだ肌寒い。
雨となれば尚更冷え込む。
声を掛ければ、雨に打たれていた男はゆっくりと口を開く。

「…舞白か」

そろそろと疲れた様に顔を上げた零は、私を見て少し困ったように笑う。

「怒ってたんじゃないのか…?」
「怒ってるよ」
現在進行形で。

何で無実の人間に罪をでっち上げたのか、何でコナン君をあんなに突き放すのか、何で、私に協力しろと言わないのか。
何で、あんな事を言ったのか。
聞きたいことが沢山ある。
でも聞いた所で答えは返って来ないだろう。

「…悪い」
「…何が」
「…色々」

何でここが?
たまたま歩いてたらずぶ濡れの君を見つけた。
そうか…。

ちゃぷ、と一歩距離を縮めると足元が音を立てる。
傘もささずに雨に打たれてる零の頬に手を伸ばす。

「泣いてるの?」
「…泣いてない」

そう言って頬に触れる私の手を取ると、濡れると言って傘の下に戻した。
いっそ本当に泣いてたら良かったのに。
私の前でも、私以外の誰かの前でも、1人でも、彼にとって涙は見せられないなら、せめて雨の中だけは彼の泣き場所であって欲しい。
私のそんな願いは届かないだろうけど。

「ー探偵さんはもう釈放される?」
「…お前、また警視庁にハッキングしたな」
「残念。警視庁じゃなくて、Norの方だよ」
「今回のは使い捨て携帯で公共のWi-Fiからのアクセスだから結局大元はわからなかったけど、探偵さんじゃないのは確か」

そこまでわかれば私にもわかる。
探偵さんは無実だ。

「全く…」
「ー私のスマホに"も"盗聴アプリ入れてくれたら良かったのに」

ああ。
これはある意味嫉妬なのかもしれない。
この男に頼られる彼に。
嫉妬丸出しの嫌味に、零は少し目を丸くして、よく言うよ、と深い溜息をつく。

「お前の事だからインストールした時点で逆にこちらの端末をハッキングされ兼ねない」

何だ、ばれてたのか。
スマホ、PC、USB、私の持つ情報端末にはいつ盗まれたりハッキングされてもすぐに相手を特定出来るようにトロイの木馬ウィルスを仕込んである。

怖い女だよ、お前は。
君に言われたくないよ。

「…アプリの事、コナン君には?」

言ってない、と首を振る。
彼なら大丈夫だろう。
それに、探偵さんが逮捕されてからほとんどコナン君と一緒にいたが公安の人間がアプリをインストールしてる様子は無かった。
ああいう類のアプリはハッキングによる遠隔操作では無く、第三者が携帯を直接操作してインストールしなければならない。
そのタイミングがあったとすれば探偵事務所に警察の家宅捜索が入った爆発のあった4月28日しか無い。
この男は探偵さんが疑われた時点で、彼を監視するつもりでいたという事だ。
家宅捜索の時点では証拠は指紋だけでPCに入っていたサミット会場の見取り図や予定表は見つかって無かった筈。
その時点で盗聴アプリを仕込んだのは探偵さんがPCからの証拠によって必ず逮捕される事も、彼が逮捕されてこの件が終わらない事もわかっていたからじゃないのか。
私の勝手な推測だけど、そう仮定すると盗聴アプリの事をコナン君に教えるのは捜査の進捗を遅らせるだけだと思った。

「ー言わなくてもあの子は気付くよ。名探偵だからね」

そう言えば零は、ははっと笑う。

「そうだな…凄い子だよ」

行こう、手を差し出され、きょとんと見上げると、ふふっと小さく吹き出した。

「何だよ、その顔」
「一緒に行ってもいいの?捜査の途中でしょ?」

そう尋ねれば得心がいったように頷く。

「そうだけど。もういいよ…」

私の左手からスケボを取ると脇に抱え、空いた左手は零の手に包まれる。

「結局首を突っ込んでるし」
見えないとこで危険な目に合われるより、側に置いといた方が少しは安心出来る。
君の側が一番危険だよ。

そう返せばははっと笑った。

「否定出来ないな」

「…なら、これは俺の我儘だよ」

少しでいいから一緒にいたい、なんて言われてしまえば簡単に折れるのは私の方に決まっている。
一緒にいたいとか滅多に言わないくせに。
何で今言うの。
顔も耳も首も熱い。
きっと真っ赤になっているだろう顔を隠すように傘を傾ける。
顔を見られない代わりに、繋いだ手に力が籠る。

「不意打ちに弱いよな」
うるさい。



虹の根元にはどんな願いも叶えてくれる宝が埋まってるんだ。
5.1 P.M.

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