暴君の願い
「…君はちゃんと願いに近付いてるんだね。なまえ」
屋敷のテラスから夜の風景を眺めるヤナは1人静かに呟く。
昼間の照りつけるような太陽とは打って変わって、涼しい風と優しい月明かりが島を照らす。
「此処にいらっしゃいましたか。ヤナ様…」
そう言ってテラスに来たイリヤは隣りの小さな机にコトッとカップを置く。
その後ろにリンの姿もある。
風に混じって甘いミルクティーの香りが鼻を優しく掠める。
「―リン、なまえは今夜は帰ってこないのかな?」
ミルクティーのカップに口を付けながらヤナが尋ねる。
「―恐らく」
リンが答えると、ヤナはそう、とだけ言う。
「くす…」
小さく笑うリンに、ヤナは不思議そうな顔をする。
「?何?俺の顔何かついてる?」
「そんな顔なさるなら、最初から手放さなければ良かったのに」
「正直意外でした。あの我が儘な貴方が自らなまえ様を手放されるなんて」
「久々に会ったら前よりずけずけ言うねぇ、リン…まぁ、事実だから弁解のしようがないんだけど」
そう言ってヤナは苦笑を零す。
「あのまま俺といてもなまえは幸せにはなれなかったよ。
ずっと何かから逃げ続けるだけの人生は、きっと疲れるだけだと思う」
ヤナはリンから目を離し、空を見上げる。
イリヤは何も言わず、空になったカップにミルクティーを注ぐ。
「…」
「それがわかっちゃったから、俺はあの子を手放してこの島に戻した。
なまえが自分で運命を変えて、“旅立つ”為に…」
ヤナは頬杖をついて、くすっと小さく笑う。
それは何処か嘲笑的な色を含んでいた。
「それを後悔してないって言ったら嘘になるけど、あの子の為なら人生で1回くらいは自分からわざと損をしても良いかなって思ったんだよ」
夜の風が静かに3人の髪を撫でる。
「―なまえが笑って自由に生きられる事が、我が儘な俺のたった1つの願いだ」
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