描きかけのデッサン

「…何処へ行く?」


リョウスケは扉に向かうヘッドに問う。

「ん…?なまえの所だよ?」

「…」

じゃあね、リョウスケさん、と軽く手を振って部屋を出て行くヘッドをリョウスケは静かに見つめる。

「…」

1人になり、ふと部屋の片隅の机に散乱しているキャンバスやスケッチブックを見れば、どれも輪郭や鼻や口唇等の一部分のみで、未完だった。

―…。

リョウスケは僅かに目を伏せると、壁にかけてある女性の絵を見上げる。


「…お前は、今も“描けない”のか…?」

答えなど無いとわかっていながら、静かに問う。


「…トキオ」

窓の外を見れば相変わらず穏やかな風景が広がっている。

『―海は、“彼女”の色だよ。リョウスケさん』

いつだったか、彼が此処から同じ景色を見ながらそんな事を言っていたのを思い出す。

「…なまえ、か」
―シンドウ・なまえ…ヘッド、いや、ツナシ・トキオが執着し、トキオに心を寄せる少女…。

『…また、絵を描き始めたのか?』

数年前、どういう経緯か、出会った1人の少女に何故か彼は最初から妙に関心を示していた。

『少し、描きたい子がいるんだ―』

『え…?』

―地下遺跡に捕らわれ、全てを捨てた彼がまた筆を取った事に、俺は驚いた。

『けど、どうしてかな?全然描けないんだ…』

『描けない?』

―その言葉がトキオの口から聞くのは、酷く不思議な事の様に思えた。
今まで、美しい世界をキャンバスに描き、瞬間を留めてきた彼に描けない物は無いのだと思っていたのかもしれない。

『彼女を描きたいのに、筆が進まない…』

床に散乱したスケッチブックを見れば、辛うじて人とわかる位の中途半端なデッサンが幾つも描かれていた。

『うーん…やっぱり描けないな…』

『…』

―トキオの言う“描きたい少女”がシンドウ家の分家の娘だと知ったのは、それからしばらく経ってからだった。
彼女の“力”に引き寄せられたのか、それとも彼女自身だったのか、トキオの少女への関心は最早執着と呼べた。

描けないと知りながら、何度も少女の下へと足を運び、何度も筆を滑らせてはまた苦悩する―。
ある意味、初めて見るあいつの人間らしい表情だった。

『あの子が何処にも見つからない…あの子は何処へ行ってしまったんだろう…』

ヘッドはソファに腰掛け、手を組むと、俯く。

『…』

―出会って間もなく、少女はある日突然島を出て行った。
理由はわからない。
けれど、この島には“いない”事だけは確かだった。


『―紹介するよ、リョウスケさん。彼女はマナセ・なまえ』

―だが彼女は戻ってきた。

トキオに連れられてやってきた少女は海と同じ色の髪だった。

『―彼女はこれから俺達の仲間になる。マイアンのシルシを持つ、スタードライバーだよ』

―“グラウクローネ”という新しい“仮面”と共に…。

なまえが島に戻ってきてから、トキオはなまえを側に置きたがった。
そして、自身の過去や秘密、捨てたと言ったかつての名前すらも共有し、彼女の秘密も共有した。

『―お前にとって、彼女は“何”だ?』

互いに依存しあう2人の関係は、酷く歪で曖昧なものに感じた。
ヘッドは何も言わず、口端を上げる。

『…』

リョウスケは、伏せていた目を開ける。


「…お前は、彼女を愛しているのか?トキオ」

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