彼の者は未だ目覚めず
「…」
グラウクローネはマイアンのオリハルコン素体を見上げる。
マイアンはザメクや他の壊れたサイバディ同様、仮面は消えている。
「―マイアンの復元作業には、いつ取りかかりますか?」
コツ、コツ、と足音を響かせながらやってきたプロフェッサー・シルバーが尋ねる。
「…」
「私としては、1日も早い方が喜ばしいですが―」
グラウクローネはふっ、と小さく笑みを零す。
―要は、早くしろって事か。
「…プロフェッサー・シルバー。何故マイアンは動かないと思う?」
不意に、グラウクローネが問う。
質問の意図をはかりかねたシルバーの口元に僅かに困惑の色が浮かぶ。
「何故、と言われましても…ザメク同様、このマイアンも発見当初から壊れたサイバディでしょう?
ならば、復元しなければ…―」
「…動かない」
シルバーの言葉に続けるように言う。
益々言っている意味がわからない、とシルバーはグラウクローネに目を向ける。
その口元には相変わらず笑みが浮かんでいる。
「…マイアンは、壊れてるんじゃない」
「は…?し…しかし、実際マイアンはオリハルコンの接続反応は見られないのですよ…?
壊れている訳ではないのなら何故…」
グラウクローネはマイアンの脚部にそっと手を触れる。
掌からひんやりとした金属の感触が伝わってくる。
「…これはただ、“眠っている”だけ」
「ずっと、“目覚め”の時を待ってる」
「つまり、現時点ではマイアンとアプリボワゼ出来ないと?」
グラウクローネが笑みを深めると同時に、胸元のシルシが淡い光を放つ。
「―だから“遊ぶ”んじゃない。タウバーンと」
「零時間…!」
「…今日は誰?またウィンドウ・スター達なの?」
スカーレットキスが若干うんざりしたように言う。
「あれは…グラウクローネ?まさか、今夜は彼女が出るのかしら?」
地面にはタクトと、片手を腰について立っているグラウクローネの2人しかいない。
「マイアンのドライバー…!」
ワコが声をあげる。
「何であいつが…マイアンはザメクと同じで壊れてるんじゃないの?復元出来たの?」
「いや…科学ギルドにはそんな報告は来てないが…」
グリーンが困惑気味に答える。
「…何にせよ、あのグラウクローネが動いた。この戦い、見物だな」
頭取が呟く。
「サイバディは、無い、のか…?」
タクトは警戒の色を滲ませながらグラウクローネを見る。
「―今夜は皆水の巫女を狙うつもりはない。ただ貴方と遊びたいだけ」
「…何を言っている…お前」
「くすっ…いつもみたいに余所見されながらじゃ楽しくないわ。
言っておくけれど、嘘じゃない。
今夜は、皆水の巫女は狙わない」
「…なら、僕は戦わない」
「…」
「僕がお前達と戦うのは、僕の大切な人を守る為だ。お前達と一緒にするな」
「タクト君…」
「タクト…」
「…そう言うと思った」
つまらなさそうに口角を下げたグラウクローネはおもむろに片手を空に伸ばす。
「!」
「あの構えは…!」
零時間の地面一面に、碧色の光が泉のように溢れ出す。
「審判者の、泉…!」
「何をするつもりだ…!ワコには手を出さないって…!」
「言ったでしょう?嘘じゃない。皆水の巫女に手は出さない。
だから、理由をあげるの―」
「理由…?何言って…」
「―今この零時間にいる全ての人間の命が、お前が戦う“理由”だ」
「「「…!」」」
グラウクローネの言葉に、タクト達だけでなく、綺羅星のメンバーにも動揺が走る。
「どうやら、俺達は彼女の“人質”になってしまった様だ…」
ヘッドが呟く。
冗談ではないとわかっているからか、声は僅かな動揺と不安が交じっていた。
「本気…!?」
「くっ…此処までする奴だったか…グラウクローネ」
「自分の仲間を…!?」
「本気、か…」
グラウクローネはタクトの言葉に答える事なく、口端をあげる。
「彼等を死なせたくないのなら、貴方が戦えば良いだけの話よ。さぁ、どうする?」
タクトはグラウクローネに侮蔑の籠もった眼差しを向け、ギリッと奥歯を噛む。
「…やるしか、無い様だな…っ」
光を放つタクトのシルシに、グラウクローネは笑みを浮かべる。
「―君が単純なヒーローで良かった」
「アプリボワゼ―ッ!」
空間を割るように現れたタウバーンはグラウクローネを見下ろす。
「くす…良い子ね」
グラウクローネが手を下ろすと同時に審判者の泉が消える。
張り詰めていた空気が、ほんの少しだけ緩んだ。
「早くサイバディを出せ!さっさと決着をつけてやる…っ!」
「そうね」
グラウクローネのシルシが淡い光を放つ。
「―アプリボワゼ」
光が収まり、現れたサイバディに、そこにいた誰もが目を瞠る。
「どういう、事、だ…」
1番間近で“それ”を目の当たりにしたタクトは、動揺からか、途切れ途切れに言葉を吐き出す。
「何が起きてるの…」
「タウ、バーン…?」
タクトのタウバーンと対峙していたのは、タウバーンだった。
「どういう事…!?何でグラウクローネがタウバーンに…!あいつのサイバディはマイアンだろっ!?」
スカーレットキスが声を張り上げる。
「それ以前に、同じサイバディが2体存在する筈はない…一体どうなっているんだ…」
グリーンが呟く。
「何なんだっ!そのサイバディは…っ!」
「―審判者のサイバディ・マイアンには、王と巫女以外の全てのサイバディを“複製”する能力がある」
タウバーンの中に乗り込んでいるグラウクローネが答える。
「つまり、これは貴方のタウバーンの“偽物”。
折角の“遊び”の時間だもの。
この方が、楽しいでしょう?」
「ふっ…正々堂々の真剣勝負か。彼女らしい」
ヘッドは小さく笑う。
「タウバーンの偽物なら、尚更負けられないな!」
「そうこなくっちゃ」
―楽しませてね、タクト君?
「―スターソード・エムロード!」
グラウクローネのタウバーンの手に現れたスターソードはタクトのそれと全く同じだった。
「スターソード!?」
「外見だけじゃなく、スターソードまで複製するのね…」
「―さぁ、始めましょうか」
グラウクローネは両手でスターソードの柄を握ると、左足を前に踏み出す。
「タウバーンvsタウバーンの戦いを!」
踏み出した左足に重心を乗せ、右足を踏み出した瞬間に、グラウクローネの姿が消え、一瞬でタウバーンの目の前に現れる。
「っ!?」
―速い…っ!
躊躇無く振り下ろされたスターソードを間一髪で避けると、タウバーンは距離を取るように後ろに下がる。
「速い…!」
「タクト君…っ!」
「くっ…行くぞ!」
タウバーンは体勢を立て直し、地を蹴る。
「はあぁぁっ!」
グラウクローネは二刀流の剣戟を難なく受け止める。
「パイル!」
「変わり映えしないわね」
パイルやタウ・ミサイルもかわし、瞬身で間合いを詰めてくるグラウクローネに、タウバーンの動きに次第に生彩が欠け出す。
「―2人のサイバディの能力は互角。
だが、相手を生かす戦い方をしている時点で、ツナシ・タクトは必然的に劣勢だ」
ヘッドは観戦しながら楽しげに言う。
「さぁ、あのグラウクローネ相手に、お前の下らない正義は貫けるかな?タウバーン」
「一方的…タクト君がこんなに押されるなんて…」
「…読めないんだ」
「え…?」
「彼女の間合いの詰め方も剣筋も、規則性がほとんど無い…タクトにも次にどう切り込んでくるか、読めないんだろう…」
スガタは険しい表情でグラウクローネを見つめる。
「はぁ…はぁっ…!」
「―もうバテたの?」
「タクトっ!後ろだ!」
「っ…しまった…!」
グラウクローネは背後からタウバーンに切りかかり、よけると同時に身体を反転させたタウバーンの腹部を蹴る。
「ぐっ…は…っ!」
グラウクローネは蹴り飛ばされたタウバーンの首を鷲掴みにすると、そのまま地面に押し倒した。
「うっ…ぐ…っ」
「タクト君っ!」
両手で首を絞められ、タクトの表情が更に苦痛に歪む。
「ぐぅっ…」
「…今日はいつもみたいな“お楽しみ”は無いの?」
残念ね、と感情の籠もらない声音で呟く。
「ちょっと…殺す気!?」
「あいつ…!」
ウィンドウスターとニードルスターの真下に仄かに碧い光が現れる。
「―動くなよ、ニードルスター。
私の時間を邪魔したら、今度こそ殺す」
2人の背筋を冷たいものが走り、動きが止まる。
「…馬鹿な奴等だ」
「えぇ」
「グラウクローネこそ、マジでキレさせたら手ェつけられないのにな」
バニシングエージの3人は2人を嘲笑う様に口元を歪ませる。
「うぅっ…」
「―プロフェッサー・グリーン、シルバー!」
グラウクローネは手の力を緩める事なく、顔を上げる。
呼ばれた2人ははっとしてグラウクローネを見る。
「よく見ていろ。今までお前達が知りたがってた、審判者の力だ―」
グラウクローネは再びタクトに視線を落とすと、首を絞めていた手を離し、タウバーンの胸元に触れる。
「「「…!」」
「タクトに何をするつもりだ…!」
スガタが声を張り上げる。
口元に冷酷な笑みを浮かべたままのグラウクローネのシルシが、眩い光を放つ。
「っ…!?」
グラウクローネの触れる胸元が、何かが流れ込む様に、勝手にドクンッと脈打つ。
仮面の奥で、蜂蜜色の瞳が細められる。
―役目を果たせと五月蝿い位に追い立てるのなら、応えてあげる…。
「―カイロス」
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