無欲のパラドックス

グラスの中で溶けた氷がカラ…と小さな音を立てる。

照り付けるような夏の太陽は季節の移り変わり共に、その陽ざしもほんの少しだけ優しいものへと変えていた。

「…」

なまえはうっすらと、閉じていた瞼を持ち上げる。
生い茂る木々の間から零れる木漏れ日がきらきらと世界を彩る。

「…あの2人、出て行ったんだね」

「―あれだけあからさまに正体がばれたんじゃ、それも仕方ない」

何時の間にか近くの木の幹に背を預けていたヘッドに、なまえは差して驚いた様子も無く目を向ける。

「巫女の封印が許さなかったか…それとも、“許せなかった”か」

「皆水の巫女は、随分ツナシ・タクトに執心らしい」

「…んなの、見てたらわかる」

なまえはそう言うと、ゆっくりと目を閉じる。
風が頬を撫でる感触と同時に、ふわっと髪を撫でられる。

「…何?」

なまえは目を開け、ヘッドに目を向ける。

「―眠っても良いから、俺の声で目を覚ましてね」

ヘッドの言葉に、なまえはくすっと小さく笑う。

「君限定?」

ヘッドはなまえの髪に指を通し、目を細める。

「あぁ…そうやって俺の声で君の世界が始まって、なまえの存在で俺の世界が目覚める」

なまえの頬を撫でるのと同じ風がヘッドの紫色の髪を揺らす。

「良いかもね…それも…」

なまえは覗きこむ様に自分を見下ろしているヘッドの揺れる髪に、指先を掠める。

「けど、それって少し寂しくない?それじゃあ、世界に君と私の2人しかいないみたいじゃん…」

「俺はそれで十分だよ…なまえがいれば、俺の銀河はいつだって輝いてるんだから」

なまえは呆れた様に、何処か嬉しげに笑みを零す。

―あぁ…だから、君が好きなんだよ…。

「くすっ…君ってホント、貪欲なんだか無欲なんだかよくわからないね」

なまえが笑うと、ヘッドは目を細める。

「そんな事、最初から分かり切ってる事じゃないか」

なまえはきょとん、とヘッドを見上げる。

「―俺は、醜い位貪欲な人間だよ」

「なまえ、名前で呼んでくれないか?」

「…どの名前?“ヘッド”?“トキオ”?“レイジ”?」

ヘッドは小さく笑ってから、なまえの手の甲に小さくキスを落とす。


「なまえが好きな名前で。
俺の名前はずっと前に、全部君に“預けた”んだから…」

「―じゃあ、レイジ」

「あぁ。俺の名前は、ミヤビ・レイジだ」

なまえは変な奴、と笑う。


「―1人の人間の全てを自分だけのものにしたいって願うのは、世界で1番無欲で、貪欲な願いだと思わないか?」

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