人魚姫になれたなら

時折水の揺れる音を耳に入れながら、2人は互いの頬に片手を当てたまま、静かに見つめ合う。
その時間は一瞬にも、数秒にも、数分にも感じた。

『…私は望まなかったけど、君には生きて欲しい。
ワコ達と一緒に。未来を』

『生きて欲しいんだ…スガタ…』

そっ、と頬から離れた手を追う様にスガタはなまえの手を取る。

『!ス…』


『僕が、一緒にいる』

『え…?』

なまえは酷く驚いた様にスガタを見る。
スガタは同じ蜂蜜色の瞳を真っ直ぐ見詰める。

―5年前は言えなかった。
ずっと、ずっと、言いたかった言葉。

『僕が、なまえの側にいる…もう、1人にはしないから』

あの時は言ってしまったらもっと重くて、苦しくて、押しつぶされてしまうんじゃないかと思っていた心は逆にふっ、と軽くなって、苦しさよりも愛おしさや安堵の方が強く感じる。
迷っていたわけではないが、やはり言って正しかったのだと実感する。

『スガタ…』

なまえの表情が驚きから、次第に険しいものへと変わり、小さく首を横に振る。

『戻って。ワコ達の所に』

『僕は戻らない』

『スガタ…!』

なまえの声に隠しようのない焦燥が滲む。
それでもスガタの瞳に迷いの色は現れず、ただただ、強い意志が在るだけだった。

『君を1人にしない…今度こそ、もう迷わない』

『っ…でもっ…っ!?』

スガタはパシャッ、と水音をあげて残りの距離を詰めると、なまえの反論を遮る様に抱き寄せる。
なまえは目を大きく見開く。


『なまえ…僕が側にいる。
もう絶対に、君を1人にしない…1人で苦しみや孤独を背負わせない』

優しく囁かれる声に、背中に回された腕にこめられた力の強さに、全身で感じるスガタの温もりや鼓動の音に、泣いてしまいそうになる。
戻れ、と言いたいのに、声が出せない。
唇が動いてくれない。

『…スガ、タ…』

漸く絞り出した声は酷く掠れて、小さくて、震えていた。

『…なまえ』

抱き締めた身体が小さく震えてから、何、と少し掠れた声が返ってくる。

『海辺で、2人で流れ星を見たの、覚えてる?』

『…うん』

なまえは小さく頷く。

『思い出したんだ…何を願ったか』

『…?』

なまえは少し顔を上げる。


《スガタ、スガタは何お願いしたの?》

《秘密だよ。教えたら叶わないって聞いたもん。
叶わないと嫌だから、なまえでも教えないよ》


『“なまえとずっと一緒にいられますように”』

(―なまえとずっと一緒にいられますように)

『っ…』

なまえは息を呑む。
驚きと困惑の表情を浮かべるなまえと視線を合わせて、スガタは目を細めて微笑む。

―あの頃から、変わっていない。
自分の願いも、世界で1番大切なのも、ずっと変わってなくて…。

なまえを抱き締める腕に僅かに更に力が籠もる。

『僕が側にいる』

スガタはなまえの青色の髪を梳くように撫でる。

『側にいるよ…なまえ』

『っ…』

なまえはすがりつくようにスガタに抱き付く。
嬉しくて、哀しくて、哀しくて、嬉しい。
色んな感情が綯い交ぜになって定まらない。

『ワコにも、タクト君にも、も、会えないんだよっ…?』

『あぁ』

『今度こそ、ずっと…ずっと、閉じ込められるんだよ…っ?』

『わかってる』

どうにか言葉を探そうとするなまえの様子に、スガタは場違いにも笑みが零れる。

『なまえ…一緒に眠ろう』

『ザメクと、他のサイバディ達も一緒に』

なまえは少しだけ泣き出しそうにくしゃり、と表情を歪めて、ゆっくりと目を閉じる。
なまえの頭をもう1度撫でてから、スガタも同じように目を閉じる。


―もう、1人の夜は終わるんだね…。

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